2ntブログ

2009年03月

BL好きが書いた自作小説を短編・シリーズでぼちぼちアップしています。年下攻率高し。 18禁。
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 ノックの音とともにノブが回り、ドアが開く。

「失礼します……っと」

 開いたドアの隙間から姿を見せたのは、約束通りの時刻にやって来た尚大だった。

 友永と位織、二人のただならぬ様子に尚大は入室を躊躇したのか一度ドアを閉めかけ、けれども位織の訴えるような視線に気付いた彼は、再びドアを開けて中に入った。

「そのことなんですけど教授、……」
「どうした?」

 位織のしなやかな手を口元に運び、友永が指先に唇を押し当てる。位織はその唇の感触に背が粟立つのを感じながら、じっと堪えて息を飲んだ。

 週に一度のゼミクラスの、最初のガイダンス的講義を何度か受け終え、三年生たちもいよいよ本格的にレポートと実験の繰り返しの日々が始まった。

 位織もクラスのたびに顔を出し、まだ手助けできることは少なかったものの、少しずつ三年生たちに馴染み、先輩として慕われ始めていた。

 これを、一目惚れと呼ぶのだろうか。

「――河辺尚大です」

 四月。五階にある研究室からはグラウンド横に咲く満開の桜が下に見えた。

 位織は、教授の助手としてその部屋に同席していた。大学院生の位織が専攻する友永研究室のゼミ生として新しく入ってきた3年生。新入生の初々しさも消え、かと言ってまだ世間の荒波に揉まれる前の青さを残した数名の学生たち。

 ふと眠りから覚めて、位織はそっと、身体を起こした。

 何もかもが眠ったかと思われるほどの静けさの中、遠くに聞こえる新聞配達のバイクの音で今が夜明け前だという事を知る。

 隣で眠る男に、ぼんやりと視線を向けた。位織の身体には、先刻までこの男と交わっていた行為の余韻が色濃く残る。愛されているのかと勘違いしそうな程に優しく位織を抱くこの男は、けれどもその腕で別の人間も抱くことを位織は知っている。

 今度お前の恋バナ聞かせろよ、と野本に何度も念を押すように言われ、歩はうん、と頷いて野本と別れた。

 中庭に出ると、穏やかに差していた陽は傾いて、まだ季節は冬なんだと歩に知らしめるような冷たい風が身体を通り抜ける。

 歩は空を見上げた。学校の建物に囲まれて四角く切り取られたようなその空は、夕闇に染まり始めていた。

 ――ちゃんと、言わねぇと。

 野本の気持ちに応えることはできなくても、その気持ちには誠意で応えたい。このまま何もなかったことにはできないのだから。

 歩もコーヒーを飲み干した。

 大学卒業後間もない四月。

 俺は大学時代所属していたサークルが催す花見会場に来ていた。この花見は毎年恒例の、卒業生も多数参加する大掛かりなものだ。

 俺は無事就職決まって四月から地元関西にいた。


 ここは東京、新宿御苑。新幹線で三時間かけてまでこの花見に参加したのは。

 ――今俺がここにこうやって生きていることができるのは、慎治さんとともに生きることができるようになったから。

 歩は微笑に目元を和らげた。

「野田が時々浮かべるそんな表情見てたらなんか俺、野田の事好きなんかも、とか……」
「――え?」
「いや、かも、じゃなくて。俺……好きなんだよ、野田のこと」
「……野本」

 夏休みに、慎治と暮らし始めた。彼の住むマンションに歩も一緒に住むことを慎治が許し、そして歩の両親にもそのことを話した。歩の幸せを誰よりも願う兄が、それを後押ししてくれた。

 ――今の俺の幸せはきっと、たくさんの人に支えられて成り立ってる。

 終業のチャイムが鳴り、途端に大講義室はざわめきを取り戻す。揺すられて覚醒を促された歩は頭を上げ、目を擦った。

「終わったよ」
「ん……ありがと」

 歩は形ばかり出していた教科書と筆記具を鞄にしまい、野本と一緒に大講義室を出た。




 春を感じさせるほどに暖かな陽が降り注ぐ冬晴れの午後。

三限目の授業は一般教養の民俗学だった。出席さえしていれば単位がもらえるということで有名なこの講義は選択する学生も多い。

 大講義室後方、隅の目立たない場所に席を取った歩は、この後に控える夜シフトのアルバイトに備えて仮眠を取ろうと、机の上に乗せた両腕に頭を置いた。

「二人だけでするのに飽きたらいつでも俺を呼んでね。もちろん個別でも構わないけど」
「いらねーよ」

 聡士が苦笑と共にすかさず答える。

「そう? 俺、良い仕事しただろ?」

 そんな言葉にも変わらない笑みのまま、七月はさらりと言葉を返した。

「ケンカしたり退屈したりしたら、いつでも声かけてくれたらいいよ」
「そ、すね、そういう事があればまた……」

 淳汰の意思に反して出てきた言葉に淳汰自身驚いて、また七月の術中にハマった事に気付いた時には七月はもう、美しいその唇を満足そうに弧に描いていた。

「淳汰君」
「――あ。七月さん」

 七月が働くオフィスが入るビルの裏口。

 今日もいつものように集荷のために立ち寄ろうとしたところを、淳汰を待ち構えるように立っていた七月が淳汰に声をかけた。

「キス、してたろ」
「あ? 誰とだよ」

 聡士が振り返り、本当に心当たりがないといった様子で眉を寄せた。

「淳汰」
「ん……」

 唇に、聡士の温もり。淳汰は重い瞼を上げた。視界に入ったのは、スーツ姿の聡士。ついさっきまで裸で抱き合っていたはずなのにと、淳汰は数度瞬きして確かめるように聡士を見上げた。

『淳汰お前はさ、俺を口説いて、俺が落ちたら満足して、そしたらそれで終わりだろ?』

 二人が友達から恋人になる直前、聡士が言った。だから聡士から淳汰を口説くと。

 あれから半年。思えばずっと、聡士は淳汰を口説き続けてきた。淳汰がふとした瞬間、流されるようにただ抱かれるだけの自分に不安になった時も。七月に偶然出会って、聡士からの連絡を七月に請われた時も。

 聡士の気持ちを疑うことはなかった。

 それは聡士が必要な時に必要な言葉を淳汰に掛けていたから。

 聡士の両手が淳汰の胸座を掴む。

 ほんの一瞬。ぐらりと視界が揺れたと思ったら、引き倒され、床に押さえ付けられていた。淳汰に馬乗りになる聡士を、淳汰はそれでも怯むことのない表情で睨み付けるように見上げた。

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