「分かるよ」
「……、……」
その一言でまた、一杯になった胸から気持ちが溢れ出しそうになる。
俯いて、鼻を一度啜った。
「貴史君て、……なんなの」
「なんでもねぇよ。ただ生と会って、生と話して、生を見て感じたこと言ってるだけ、だよ」
俯いた額に、貴史からキスが落ちてくる。額に触れた唇の温かさに誘われるように、一筋涙が零れた。顔を上げることができなくて俯いたままでいると、ぎゅっと、抱きしめられた。
「……、……」
その一言でまた、一杯になった胸から気持ちが溢れ出しそうになる。
俯いて、鼻を一度啜った。
「貴史君て、……なんなの」
「なんでもねぇよ。ただ生と会って、生と話して、生を見て感じたこと言ってるだけ、だよ」
俯いた額に、貴史からキスが落ちてくる。額に触れた唇の温かさに誘われるように、一筋涙が零れた。顔を上げることができなくて俯いたままでいると、ぎゅっと、抱きしめられた。
「生」
「ん……」
その間も絶えず重なっていた唇。僅かに距離を取った貴史に、名を呼ばれた。その小さな距離さえもどかしくて、生から貴史の唇を追った。
「風呂、入ろっか……」
「ん……」
生の方から求めるキスに優しく応えながら、貴史が生の下着に手を掛けて下にずらす。膝上の辺りにまで下ろされたところで、生自ら足を揺すってそれを床に落とした。次いでワイシャツを剥ぎ取られ、中に着ているシャツも、そっと脱がされた。
「ん……」
その間も絶えず重なっていた唇。僅かに距離を取った貴史に、名を呼ばれた。その小さな距離さえもどかしくて、生から貴史の唇を追った。
「風呂、入ろっか……」
「ん……」
生の方から求めるキスに優しく応えながら、貴史が生の下着に手を掛けて下にずらす。膝上の辺りにまで下ろされたところで、生自ら足を揺すってそれを床に落とした。次いでワイシャツを剥ぎ取られ、中に着ているシャツも、そっと脱がされた。
何度も優しく上下の唇を啄まれるうち、少しずつ心も身体も綻んでゆくのを感じる。
下の唇を食まれたときは彼の上の唇を、上の唇を食まれたときは彼の下の唇を。
生自らも小さく唇を開いて、生の唇を優しく食む貴史の唇を、そっと口に含めた。
口付けを交わしながら、貴史の手が生の身体の線を辿って下へと下りてくる。スラックスのベルトを緩める音が聞こえてくると、生も急いた仕草で貴史のデニムのフロントボタンに手を掛けた。
下の唇を食まれたときは彼の上の唇を、上の唇を食まれたときは彼の下の唇を。
生自らも小さく唇を開いて、生の唇を優しく食む貴史の唇を、そっと口に含めた。
口付けを交わしながら、貴史の手が生の身体の線を辿って下へと下りてくる。スラックスのベルトを緩める音が聞こえてくると、生も急いた仕草で貴史のデニムのフロントボタンに手を掛けた。
「――鍛えてるね」
何かスポーツをしているのだろうか。しているのなら、うちの商品は使ってくれているだろうか。
不意に自社の商品を勧めたくなるが、ここで仕事の話は野暮だろう。
それにこのやり方で商品を広めるのは必要ないことだと、今日上司から言われたばかりだ。
何かスポーツをしているのだろうか。しているのなら、うちの商品は使ってくれているだろうか。
不意に自社の商品を勧めたくなるが、ここで仕事の話は野暮だろう。
それにこのやり方で商品を広めるのは必要ないことだと、今日上司から言われたばかりだ。
「上着、脱いで」
ハンガーを携えて戻った貴史が、生の後ろに回って上着に手を掛けた。
「え、あ……すいません」
貴史の慣れた仕草にどぎまぎと狼狽えながら、促されるまま上着を脱ぐ。貴史はそれをハンガーに掛け、脱衣所の壁に掛けた。
ハンガーを携えて戻った貴史が、生の後ろに回って上着に手を掛けた。
「え、あ……すいません」
貴史の慣れた仕草にどぎまぎと狼狽えながら、促されるまま上着を脱ぐ。貴史はそれをハンガーに掛け、脱衣所の壁に掛けた。
繋がった手から流れて来る貴史の体温に、鼓動が高鳴るのを感じる。
まるで初めての恋のように、これからの行為を思って緊張に身体が強張り、脈打つ心臓の音はどくどくと、煩いほどに鼓膜に響く。
一番弱っていた時に、一番必要な形で生に手を差し伸べてくれたからだろうか。
今日会ったばかりの彼にこんなにも信頼を寄せ、あまつさえ恋心にも似た気持ちを持ち始めている。
まるで初めての恋のように、これからの行為を思って緊張に身体が強張り、脈打つ心臓の音はどくどくと、煩いほどに鼓膜に響く。
一番弱っていた時に、一番必要な形で生に手を差し伸べてくれたからだろうか。
今日会ったばかりの彼にこんなにも信頼を寄せ、あまつさえ恋心にも似た気持ちを持ち始めている。
がたがた、と音を立てて貴史が一足の革靴を取り出した。その靴を床に置くと、おもむろに片方の靴から靴紐を外し始めた。
「え? あの、靴紐の替えって」
慌てて貴史に問うと、貴史は少しにやりと笑って生を見上げた。
「ごめん、俺の靴の靴紐」
「そんな、それじゃほんとにご迷惑ですから」
「え? あの、靴紐の替えって」
慌てて貴史に問うと、貴史は少しにやりと笑って生を見上げた。
「ごめん、俺の靴の靴紐」
「そんな、それじゃほんとにご迷惑ですから」
ジムの方へ戻る形で公園を抜けて、再び川沿いの道に戻る。その道をジムとは逆の方向に二人、傘の分だけ距離を取って隣に並び、黙ったまま歩いていた。
「――ここ。着いたよ」
橋を渡ってすぐのところに建つマンションの前まで来て、貴史が生を見た。彼が言った通り、二人が出会った蓮池公園から歩いてすぐのところだった。
「――ここ。着いたよ」
橋を渡ってすぐのところに建つマンションの前まで来て、貴史が生を見た。彼が言った通り、二人が出会った蓮池公園から歩いてすぐのところだった。
彼に付いて行けば、何が自分を待ち受けているのか。
それはきっと、彼の、人の肌の温もり。
本当は今、一番欲しているもの。
彼の目をじっと見た。
紳士的な言葉で生を誘った彼の目は、確かに生を傷つけるつもりはないと言っているかに見える。
黙って生の話を聞いてくれていた彼を、もっと近くで感じたい。
けれども本当に、彼の甘い言葉に誘われるまま、彼に甘えるように付いて行ってしまってもいいのだろうか。
無言で、彼に問いかけた。
それはきっと、彼の、人の肌の温もり。
本当は今、一番欲しているもの。
彼の目をじっと見た。
紳士的な言葉で生を誘った彼の目は、確かに生を傷つけるつもりはないと言っているかに見える。
黙って生の話を聞いてくれていた彼を、もっと近くで感じたい。
けれども本当に、彼の甘い言葉に誘われるまま、彼に甘えるように付いて行ってしまってもいいのだろうか。
無言で、彼に問いかけた。
「今日、上司にやってた仕事をダメ出しされたんです。おまけにさっき、靴紐が切れて……」
一杯になった胸。
今までひとりでため込んできた。
俯いたら、彼に触れられた唇から、溢れ出した。
一杯になった胸。
今までひとりでため込んできた。
俯いたら、彼に触れられた唇から、溢れ出した。
ただ、見つめ合ったまま自分の身の上話をするのも憚られ、彼の黒い瞳からそっと、視線を外し、僅かに俯いた。
「ちょっと、良くないことが続いてて……。ずっといた部署を変わったばかりで、慣れない仕事をなんとかこなしてたつもり、だったんだけど」
「……うん」
返ってくるのは、小さな相槌。話してもいいんだよと、生を優しく促す。
「ちょっと、良くないことが続いてて……。ずっといた部署を変わったばかりで、慣れない仕事をなんとかこなしてたつもり、だったんだけど」
「……うん」
返ってくるのは、小さな相槌。話してもいいんだよと、生を優しく促す。
「見ず知らずの相手だから話せるってことも、あるっしょ? 関係者じゃねぇから俺の口から、あんたの周囲に漏れることはねぇし、俺は今、目の前にいるあんただけの、味方だから」
言葉遣いは粗野にも聞こえるが、抑えたトーンで紡がれる言葉は優しく響く。
彼の声は、静かに降り続ける雨のベールに包まれて、生だけに届けられる。
生の傘に寄り添うように並んだ彼の傘。
二つの傘の下、二人きり。
言葉遣いは粗野にも聞こえるが、抑えたトーンで紡がれる言葉は優しく響く。
彼の声は、静かに降り続ける雨のベールに包まれて、生だけに届けられる。
生の傘に寄り添うように並んだ彼の傘。
二つの傘の下、二人きり。
零れた涙の行方を追っていたわけではないが、涙の落ちた場所を見るように俯いたまま、顔が上げられずにいた。
「あのさ」
再び声を掛けられて、恐る恐る顔を上げる。暗闇の中でも分かる、彼の精悍な顔立ち、切れ長の目。その中央に存る黒い瞳は真っ直ぐに、生を映していた。
「あのさ」
再び声を掛けられて、恐る恐る顔を上げる。暗闇の中でも分かる、彼の精悍な顔立ち、切れ長の目。その中央に存る黒い瞳は真っ直ぐに、生を映していた。
暗闇に同化してしまいそうなその人影は、ただ茫然と、睡蓮の葉に覆われた水面をじっと見下ろしていた。
まるでそのまま池に吸い込まれて行ってしまいそうな程に、微動だにせず。
まるでそのまま池に吸い込まれて行ってしまいそうな程に、微動だにせず。
七月と別れ、駅を降りた貴史は一人、雨の降る夜道を歩いた。
七月の言葉と、彼のことを考えながら。
――運命の相手、か……。
七月は、弟との縁は、前世から決まっていたことのような気がしていると言う。兄弟であることの禁忌ゆえ自分たちを殺し、互いに長い遠回りをしたが、その全てが二人が結ばれるために必要だったことなのだとも言っている。
七月の言葉と、彼のことを考えながら。
――運命の相手、か……。
七月は、弟との縁は、前世から決まっていたことのような気がしていると言う。兄弟であることの禁忌ゆえ自分たちを殺し、互いに長い遠回りをしたが、その全てが二人が結ばれるために必要だったことなのだとも言っている。
「貴史は、俺じゃないよ」
「そりゃあ……お前はそう思ってたんだろうけど」
「貴史は魅力あるよ。俺お前のコピー好きだし。じゃなきゃ一緒に独立してないって。クライアントが増えてくのも、貴史の魅力のおかげだと思ってるよ」
「……、……そっか」
思いがけない褒め言葉に毒気を抜かれ、貴史はぱちくりと瞬きした。
「そりゃあ……お前はそう思ってたんだろうけど」
「貴史は魅力あるよ。俺お前のコピー好きだし。じゃなきゃ一緒に独立してないって。クライアントが増えてくのも、貴史の魅力のおかげだと思ってるよ」
「……、……そっか」
思いがけない褒め言葉に毒気を抜かれ、貴史はぱちくりと瞬きした。
「俺って魅力、ねぇかなぁ……」
「どしたの、急に」
時刻は午後7時過ぎ。帰るね、と立ち上がった七月に、貴史はデスクに突っ伏したまま呟くようにぼそりと言葉を零した。
七月の弟がまた明日から撮影旅行に同行すると聞いている。だから引き止めるつもりはなかったのだが、幸せそうな彼を見ていると思わず己を顧みて愚痴のようにぼやいてしまった。
「どしたの、急に」
時刻は午後7時過ぎ。帰るね、と立ち上がった七月に、貴史はデスクに突っ伏したまま呟くようにぼそりと言葉を零した。
七月の弟がまた明日から撮影旅行に同行すると聞いている。だから引き止めるつもりはなかったのだが、幸せそうな彼を見ていると思わず己を顧みて愚痴のようにぼやいてしまった。
来る10月24日、25日、上京します(*´∀`)
24日夜にurajiにゃんと新宿付近でお会いして、
25日はurajiにゃんとJ庭に行きます(一般参加w)
そのいずれかの日にMさんともお会いできる予定です(*´∀`)
最近どの方ともお付き合いが薄くて大変に緊張するんですが
スペース出してらっさる方のところには
お伺いしてみたいと思ってるす+(0゚・∀・) + ワクテカ +
その際はどどどどぞよろすくおながいしますアワワワ
また24日夜、あるいは25日、
ご一緒できる方がいらっさいましたらぜひ
お会いしたいです(*´∀`)
秘密コメかメルフォからメアド付きでご連絡いただけましたら
折り返しご連絡いたします~(*´∀`)
ご連絡、お待ちしてます(*´∀`)
24日夜にurajiにゃんと新宿付近でお会いして、
25日はurajiにゃんとJ庭に行きます(一般参加w)
そのいずれかの日にMさんともお会いできる予定です(*´∀`)
最近どの方ともお付き合いが薄くて大変に緊張するんですが
スペース出してらっさる方のところには
お伺いしてみたいと思ってるす+(0゚・∀・) + ワクテカ +
その際はどどどどぞよろすくおながいしますアワワワ
また24日夜、あるいは25日、
ご一緒できる方がいらっさいましたらぜひ
お会いしたいです(*´∀`)
秘密コメかメルフォからメアド付きでご連絡いただけましたら
折り返しご連絡いたします~(*´∀`)
ご連絡、お待ちしてます(*´∀`)
「ええ。今うちの新製品の販促をこちらでさせていただいてるんです。無料貸与してますのでぜひ、使ってみて下さい」
まっすぐな瞳はただ、一生懸命貴史に訴えかける。
その仕事に熱心な瞳を、なんとか自分に向けることができないか。
ただ、彼の気を引きたい、その一心で貴史は彼に言葉を贈る。
まっすぐな瞳はただ、一生懸命貴史に訴えかける。
その仕事に熱心な瞳を、なんとか自分に向けることができないか。
ただ、彼の気を引きたい、その一心で貴史は彼に言葉を贈る。
「……っと、すいませ……あ」
避けようとしたが間に合わず、彼と肩が触れ合う。その拍子に彼が抱えていた箱から数枚のスポーツウェアが零れ落ちた。
「あ、すいません」
くたびれた様子のそれらは、恐らくジムのメンバーが使ったものなのだろう。
そういえば、新商品のキャンペーンとしてナシノがウェアの貸与をやっていると聞いたことがあったと思い出す。
貴史は直ぐその場にしゃがみ込み、それらを拾い上げようとした。
避けようとしたが間に合わず、彼と肩が触れ合う。その拍子に彼が抱えていた箱から数枚のスポーツウェアが零れ落ちた。
「あ、すいません」
くたびれた様子のそれらは、恐らくジムのメンバーが使ったものなのだろう。
そういえば、新商品のキャンペーンとしてナシノがウェアの貸与をやっていると聞いたことがあったと思い出す。
貴史は直ぐその場にしゃがみ込み、それらを拾い上げようとした。
「ほんとご迷惑おかけしました。今後ともよろしくお願いします」
自宅からの納品確認を終え、電話を切った貴史は、手にしていた携帯電話をテーブルに投げるように置いた。
窓の外を見る。
梅雨晴れの爽やかな空気が部屋の中まで流れ込んできそうなほどに、青い空。
貴史は両腕を上げ、がーっと叫びながら大きく伸びをした。
自宅からの納品確認を終え、電話を切った貴史は、手にしていた携帯電話をテーブルに投げるように置いた。
窓の外を見る。
梅雨晴れの爽やかな空気が部屋の中まで流れ込んできそうなほどに、青い空。
貴史は両腕を上げ、がーっと叫びながら大きく伸びをした。
「さすがに……ヘコむな」
肺を煙で満たし、ゆっくりとそれを吐きながらぼそりと独りごちた。
事務所を興して約半年。事は順調に進んではいた。
仕事は好きな方だと思う。独立したことで、やっただけダイレクトに結果が返ってくるようになったのも自分の性に合っていると思ってもいる。
肺を煙で満たし、ゆっくりとそれを吐きながらぼそりと独りごちた。
事務所を興して約半年。事は順調に進んではいた。
仕事は好きな方だと思う。独立したことで、やっただけダイレクトに結果が返ってくるようになったのも自分の性に合っていると思ってもいる。
「一緒に飯行く?」
「俺はいーよ。弟、昨日から帰って来てんだろ? 早く帰ってやれよ。納品確認は明日俺が電話でやっとくよ。それで問題なければ一段落だから。あとは休みにしようぜ」
貴史の苦々しい表情に気付いたのか、独り身の貴史を気遣ったのか、食事に誘う七月の言葉に笑って首を振り、七月を追い払うようにヒラヒラと手を振った。
「俺はいーよ。弟、昨日から帰って来てんだろ? 早く帰ってやれよ。納品確認は明日俺が電話でやっとくよ。それで問題なければ一段落だから。あとは休みにしようぜ」
貴史の苦々しい表情に気付いたのか、独り身の貴史を気遣ったのか、食事に誘う七月の言葉に笑って首を振り、七月を追い払うようにヒラヒラと手を振った。
トップページを占める一押し商品の価格だからと、正誤表を付けることや上からシールを貼ることなどの訂正方法は取らず、刷り直しを要求された。
先方に落ち度がない場合、刷り直し費用は代理店持ちになる。
まさに今回はそのパターンだった。
けれども独立前から付き合いのある印刷会社側が、校正時間を省かせてしまったということに、独立して初めての刷り直しということを加味して、費用の半分を負担してくれることになった。そして、すぐに刷り直しにかかってくれることも約束してくれた。
先方に落ち度がない場合、刷り直し費用は代理店持ちになる。
まさに今回はそのパターンだった。
けれども独立前から付き合いのある印刷会社側が、校正時間を省かせてしまったということに、独立して初めての刷り直しということを加味して、費用の半分を負担してくれることになった。そして、すぐに刷り直しにかかってくれることも約束してくれた。
七月は元々、割り切った関係を前提に誘えば、必ず応じるタイプの人間だった。貴史もそのご多分に漏れず、幾度か七月と身体を繋いだことがある。
決して誰のものにもなろうとしない七月を、相手を貴史一人に絞ることを条件に独立を誘った過去はそう昔の話ではない。
決して誰のものにもなろうとしない七月を、相手を貴史一人に絞ることを条件に独立を誘った過去はそう昔の話ではない。
二.望木貴史
「すいません恩に着ます。ほんと、ありがとうございました」
電話に向かって頭を下げ、印刷会社の担当との会話を終えた貴史は、受話器を戻すとどっと押し寄せる疲労に崩れるように、椅子の背にもたれ掛かった。
長い安堵のため息を吐きながら、少し長くなった黒髪を掻き上げる。
いつもは二重で切れ長の貴史の目も今は僅かに精彩を欠き、精悍と称するに値する貴史の表情も、さすがに疲労に翳る。頬から顎には数日剃ることもできなかった髭が無精に伸びていた。
「すいません恩に着ます。ほんと、ありがとうございました」
電話に向かって頭を下げ、印刷会社の担当との会話を終えた貴史は、受話器を戻すとどっと押し寄せる疲労に崩れるように、椅子の背にもたれ掛かった。
長い安堵のため息を吐きながら、少し長くなった黒髪を掻き上げる。
いつもは二重で切れ長の貴史の目も今は僅かに精彩を欠き、精悍と称するに値する貴史の表情も、さすがに疲労に翳る。頬から顎には数日剃ることもできなかった髭が無精に伸びていた。
池の水面は睡蓮の葉で覆われ、静かに降る雨が葉に当たるざわめくような音が、返って辺りを静寂へと導いているようだった。
「うまく行かないな……」
経理の仕事は自分に合っていると思っていただけに、営業部への異動を聞かされた時、経理部から『要らない』と言われたような気がした。
それでも新天地で頑張ってみようと思っていた矢先、失った恋。
そして認めてはもらえなかった、自分の仕事。
切れた靴紐にまで、お前とはもう終わりだ、と言われているような気がした。
――僕はいなくても、いい存在なんじゃないのかな。
とうとう思ってしまった。
「うまく行かないな……」
経理の仕事は自分に合っていると思っていただけに、営業部への異動を聞かされた時、経理部から『要らない』と言われたような気がした。
それでも新天地で頑張ってみようと思っていた矢先、失った恋。
そして認めてはもらえなかった、自分の仕事。
切れた靴紐にまで、お前とはもう終わりだ、と言われているような気がした。
――僕はいなくても、いい存在なんじゃないのかな。
とうとう思ってしまった。
いつものように丁寧な一礼とともにジムを出た生は、けれども建物を出ると、晴れない気持ちに肩を落としてため息を吐いた。
今日はいつもと違い、このまま直帰するため社用車には乗って来ていない。
雨の中、生は傘を差して歩き出した。
今日はいつもと違い、このまま直帰するため社用車には乗って来ていない。
雨の中、生は傘を差して歩き出した。
「ウェアの出所は? どうなってるんだ」
「ウェアは僕が個人的に買ったものです。商品を実際に使ってみてもらえば、もっと多くの人にその良さを実感してもらえると思ってのことです」
「だとしても」
強い語調で、山中が生の言葉を遮った。
「社の名前を背負って行動するなら、企画書を出せ。それからそれは、広報宣伝部のやることだろう。部署の越権は御法度だ」
「……はい。申し訳ありません」
「そんな小さいことばっかりやってるから売り上げが伸びないんじゃないのか」
「……、はい」
「今日中に引き上げておけ」
「――分かりました」
生は山中に頭を下げ、一度、ぎゅっと、目を閉じた。
「ウェアは僕が個人的に買ったものです。商品を実際に使ってみてもらえば、もっと多くの人にその良さを実感してもらえると思ってのことです」
「だとしても」
強い語調で、山中が生の言葉を遮った。
「社の名前を背負って行動するなら、企画書を出せ。それからそれは、広報宣伝部のやることだろう。部署の越権は御法度だ」
「……はい。申し訳ありません」
「そんな小さいことばっかりやってるから売り上げが伸びないんじゃないのか」
「……、はい」
「今日中に引き上げておけ」
「――分かりました」
生は山中に頭を下げ、一度、ぎゅっと、目を閉じた。