2ntブログ

2009年12月

BL好きが書いた自作小説を短編・シリーズでぼちぼちアップしています。年下攻率高し。 18禁。
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「彼のことで僕に……?」

 貴史と長い付き合いがあるらしい七月から、たった一晩一緒に過ごしただけの自分に何の話があるのかと、動揺を隠すことができずに七月を見つめる瞳が揺れる。七月は生が食いついたとばかりに満足そうに笑みを深め、生に一歩近付いた。

「望木が最近ね。恋愛がうまく行ってない所為で仕事にまで少し支障出ちゃってて。一緒に仕事してる側からしたらちょっと困ってるんだよね」

 七月は少し大袈裟にも見える困り顔で、眉間を上げて見せる。

「いえ、さっきまで、クーラーの効いた室内にいましたから」

 平気です、と答えるが、不躾にも感じる七月の視線に無意識下で怖じ気づいているのか、七月と目を合わせることができない。

「そっか。やっぱ大企業だね、光熱費も惜しみなく、って感じ?」
「そんな、今はどこもエコ設定を推奨してますよ。もちろんうちもです。ただ、体育会系出身者がほとんどなので暑さに弱い社員が多くて」

 梅雨が明けたオフィス街の夜。

 空気は蒸し暑く、建物を出た途端、オフィスで冷房に冷やされた身体はむっと湿った熱気に包まれる。夕立があったらしく地面が濡れていたが、それで少しは気温が下がったとは到底思えないような暑さだった。

 この時間帯、ナシノの関東本社自社ビル正面の出入り口は閉鎖されている。生はいつものように従業員専用の裏口を抜けた。

 一歩外に出ると、生を待ち構えていたように蒸し暑さが押し寄せる。生は小さく眉を寄せながら、それでも企画書が一段落着いた安堵もあってか、その暑さも苦笑で流すに留め、今夜は久しぶりに何か作って食べようかなどとぼんやり考えながら、駅へと向けて足を踏み出した。

 大変ではあったが、充実はしていた。

 疲れを感じたふとした瞬間、足元とポケットに意識をやると、そこがふわりと温かくなる。

 貴史が、勇気付けてくれてくれている気がした。

 貴史がくれた言葉が、力になってくれていた。




「巽は? 今は、……幸せなんだ」
「え……?」

 村上の視線が慎治からその横へと移り、村上がにこりと笑った。その視線を追って慎治が振り返るとそこに、歩の姿があった。目が合うと、歩はお待たせ慎治さん、と小首を傾げた。

 慎治はふと笑ってゆっくりと、村上に視線を戻した。

「先生も、お久しぶりです」

 村上の隣で黙って立っている桑山にも視線を向け、軽く頭を下げて挨拶をした。桑山からは、無言で相槌のような小さな会釈だけが返って来たが、彼の目元が僅かに綻んだのを、慎治は見て取った。

「すっごい久しぶりだね」

 高校卒業以来およそ二十五年の時を経ても尚、変わらぬ村上の柔らかく、人を和ませるような笑顔。天真爛漫にも見えるその笑みの裏に、当時は妻子のあった桑山との関係に悩み、それでも一途に彼を想い続けていた強さがあることを慎治は知っている。

 街路樹のイルミネーションは永遠に続くかと思う程に遠くまで、煌めきで街を象っている。

 いつもと変わらないはずの街を行き交う人々の表情も、今日がクリスマスだというだけで明るく、喜びに輝いているかに見える。

 慎治はひとり、どこまでも続く輝きを眺めて、見えない星空を思った。きっと、全ての街の灯が消えたなら、空に同じだけの光が見えるのだろう。けれどもそれが叶わないから人々は、イルミネーションでその煌めきを、間近で感じたいと思うのかもしれない。

 ――美しいものは近くで感じたいもの、だもんな。

 自らの中でそう結論付けて、慎治は己の最も美しい存在を想う。

「マジ? あー……、マズい」

 妙にばつが悪そうに、七月が顎を掻く。その真意が分からなくて、貴史は更に険しく眉根を寄せた。

「あ? 何がだよ」
「あ、いや……そんなの、マズいよね」

 七月の、何かを誤魔化すようなぎくしゃくした態度に少し引っかかりを感じはしたが、貴史が自分に気づいてさえくれない相手をストーカーまがいに見続けていたという事実に軽く引いたのだろう、と結論付け、自嘲するように笑って一つ、頷いた。

 あれからジムに行ってもみたが、ウェアの貸与が、ちょうど生と池で出逢ったあの金曜日を最後に終了したとスタッフに言われ、生と自分を繋いでいたものがそこで切れてしまったようにも思えた。

 また、会えるだろうか。

 もう、会えないのだろうか。

 仕事中でも思考に僅かな隙ができるとつい、生のことばかり考えてしまう。

 そんな自分に気付くたび、いけね、と勢い仕事に没頭し、仕事は一見捗ったが、今のようにミスを出しているようでは結局元の木阿弥だ。

 貴史は再び椅子に座って脱力し、ため息と同じだけ長く煙を吐き出した。

「じゃなきゃ、……」

 ――生が会いに来てるはずだろ?

 じくりと痛みに疼く心を紛らわせるように顔を顰め、人差し指と中指の、二本の指で煙草を挟んだ手を上げて、親指でぽりぽりと頭を掻く。

「彼とは? 会ってないの?」

 長時間パソコンに向かっていたことで固くなってしまった身体を解すように、うーん、としなやかに伸びをしながら七月が軽い調子で聞いた。

 生と一緒にいたところを邪魔されたあの週末が明けてすぐの月曜に、ひょっとして貴史が魅力を理解して欲しい相手がいると言っていたのは彼なのか、と出社してすぐの七月から単刀直入に聞かれ、貴史は正直に頷いた。詳しい話は割愛してはいるが、だから七月は生が貴史の想う相手だと言うことは知っている。
「望木これ、セット価格、数字違ってる」

 向かい合う机、パソコンのディスプレイの横からにひょいと顔を出した七月が貴史を覗き込む。その涼やかな顔をちらりと見て、貴史は大きくため息を吐いてデスクに突っ伏した。

「あー……またやってる?」
「んー、うん。「2」じゃなくて「5」」
「あーもー悪ぃ、ダメだなこんなことじゃ……」

 顔を顰め、わしゃわしゃと髪を掻き回した。

 靴には、貴史からもらった靴紐が、もらった状態のまま締められている。

 そしてポケットには、新しい靴紐。

 貴史に返すつもりで、貴史と出逢い、田辺と別れたあの日の翌日に買ったものだ。けれども貴史に連絡する手立てがなく、また、連絡をしないまま突然訪問して、七月の突然の来訪時に自分がいたように、万一貴史に来客があっては申し訳ないと、貴史の自宅を訪れることができないままずっと背広に忍ばせていた。

 生に紙カップのコーヒーを差し出したのも早々に、自らが腰を据えるのも待たずに話し出した加藤の言葉に、生は一瞬耳を疑った。

「え、……とおっしゃいますと」

「大八木店の方からナシノさんに打診してみて欲しいと依頼も何度かあったんですけどね、ウェアの貸与、メンバーさんからも結構好評だったみたいで。会社帰りなんかだと、荷物が少なくなっていい、とかね。ならこう……もっとちゃんとやればメンバーさんから少し料金を頂いてでもウェアの貸与はサービスとして成り立つんじゃないかと、そんな話です」

 初めて態度で、田辺を拒絶した。

「……、……っ」

 ほんの一瞬驚いたように目を見開き、それから酷く傷ついた表情をして、田辺が生から手を離す。

 少しの間、眉を寄せて生を見つめ、それでも生から返ってくるのは無言ばかりと察すると、田辺は更に顔を歪めた。

 小さく唇を噛み、それからふい、と顔を背けると、田辺は生への名残惜しさを振り切るようにくるりと生に背を向け、駅の方向へと走り去って行った。

 去り際、田辺から一度、鼻を啜る音が聞こえた気がした。

 慌ててカレーを掻き込む田辺を待って、一緒に店を出た。

 店の前で生の行く手を阻むように立ちはだかる田辺を、僅かな上目でじっと見る。

 メインストリートからは一本中に入った歩道のない道路。さほど広い道ではないが、駅から程近いこの通りにも、まばらとは言えない程度に人通りはある。

 無言で睨み合う自分たちの姿を思うといたたまれない気持ちになったが、人目を気にして自分の部屋へ田辺を連れて帰ることは、彼にまたつけ込まれてしまいそうで憚られた。

 生は両手を拳に握った。

 田辺のこの明るい無邪気さが、好きだった。

 多少子供っぽいかも知れないが、裏表なく、周りからも好かれる陽の存在。

 誰からも認められ、またそうされることに慣れてもいる。甘え上手で、つい手を差し伸べたくもなるのは今もきっと、変わらない。

 けれども貴史と過ごしたたった一夜で、与えられることの悦びを知ってしまった。

 生自身を見てもらえること、そしてをれを認められることの歓びを覚えてしまった。また、それができる相手にこそ、求められたいと思う。そしてできるのなら、生からも、与えたい。

 また、会えるだろうか。

 それとももう、会えないのだろうか。

 瞬きするたび、田辺との電話のあとダイニングで見た、貴史の振り返った笑みが瞼に浮かぶ。

 ――『生』

 穏やかで、優しい声。

 七月は彼の想い人かも知れないのに、苦笑しながらも七月の存在を許している貴史のその姿でさえ、彼の根の優しさと懐の深さを知ることで、ただより深く彼を好きになっただけだった。

 生が悪いわけではないものの、田辺の誘いに頷いてしまったことへの後ろめたさにどきりと心臓が跳ねる。

 生の性格上、嘘や誤魔化しの言葉は持ち合わせていなかった。なのに、本心をさらけ出す勇気もない。

「……、……うん、夕食に」

 誘われた、と結局正直に答え、いたたまれない気持ちに下を向く。

 田辺にまだそのつもりがあるのなら、生の方には田辺が言うような半端な関係を持つことはもうできないと、きちんと話さねばならないだろう。

 いずれにしてもこのまま貴史の部屋に居続けることもできない。今夜には自室に戻るしかないのだから。

 ――はっきりと、……。

 会って話すべきことでもないのかもしれないが、いい機会だとも言える。

 ディスプレイが示すのは、先刻と同じ名前。

 じっと生を見守る貴史を、ちらりと窺い見た。

「……あっち行っとくね」
「あ、いえ……うん、ごめんね」

 生の戸惑う視線に気を遣ったらしく、貴史が生を安心させるように笑みを向けてから、静かに部屋を出て行く。閉まるドアを申し訳なさそうに見届けて、生は通話ボタンを押した。

「ぁ……」

 ちらりと、音源に目を遣る。

 特定の人物に、特定の着信音を設定していない生には、電話の相手に心当たりはなかった。

「鳴ってるよ」

 生のだろ、と貴史が応答を促す。

「心当たり、ないから……」
「俺もそうだったけど、やっぱ全く関係ない相手から電話はかかってこねぇよ」

 先刻貴史自身にあった、七月の訪問と電話のことを言っているのだろう。確かに全く見ず知らずの相手から携帯に電話がかかって来る可能性は、ゼロに等しい。

 貴史の言葉を噛み締めるように聞きながら、彼の苦笑を見つめた。

 貴史は、突然やって来た七月を家に迎え入れ、彼に口悪く言葉を投げかけていたようでいて、根底では彼を理解し、全てを許している。

 これが自分以外の人間の存在を受け入れ、認めるということなのだろうか。

 そして貴史は、それができる男なのだろう。そう思うと、生の心に、ろうそくに火を灯したようにほっと、小さな熱が生まれた。

 玄関口までふたりで七月に付き添い、七月を見送った。玄関ドアのノブに手をかけた七月が振り返る。

「じゃあ、お邪魔しました」
「いえ、僕のほうこ……」
「ほんとだよ」

 恐縮して頭を下げる生の言葉に重ねるように、貴史が忌々しげに七月に声を返した。けれども七月は全く気を悪くした様子もなくくすりと笑って、少し意味深に貴史を見た。

「すごい、仕事熱心」

 思わず声のトーンが上がってしまったのを、七月に揶揄されたようにも思えて、生は、あ……、と羞恥に頬を薄く染めて視線を落とし、座り直した。

「実はまだ、営業に移って三か月と少しで。それまでずっと経理部にいたので、何も分からないままなんとか売り上げを伸ばそうと、そればかりで」

 一生懸命やってきたが、売り上げが今一つ伸びなかったのは、その力みが逆効果だったのだろうかと、七月の余裕の笑みに見つめられまた、劣等感のような、敗北感のような、生の気持ちを重くする暗い感情がじくりと燻ぶった。

「ナシノの広告、請け負ったことあるよ俺」
「え、マジで?」

 七月の言葉に、貴史が身を乗り出す。

「あれ、お前と組んだんじゃなかったっけ」
「ちげーよ俺記憶ねぇ」
「じゃあ福井さんとだったかな。ああそれで、締め切り前余裕だったんだ」
「悪かったな」

 冗談ながらにチクリとやられ、貴史が白眼を見せてまた、乗り出していた身体を椅子の背にどっかりと戻した。

 運命。

 きっと、ほんの少し。

 貴史に出逢ったことが、運命ならいいと思った。もしそうなら、失った恋にも意味があったと思えたかもしれない。

 だけど。

「どうかな。あるのかもしれないけど、単なる思い過ごしだったり、もしかしたら見過ごしてたり、運命だって見分けるのは難しいよ。少なくとも、僕にとっては」

 自嘲するような笑みを浮かべ、呟くように答えた。

 ――色々。

 その中に、貴史は入っているのだろうか。

 貴史の言葉が本当なら、七月はその「色々」の頃、貴史を「食おう」としないはずがない。そしてその時貴史に決まった相手がいなかったのなら、それを断る理由もない。こんなに親しげで、色々なことを知っていそうな間柄で貴史の片思いの相手を知らないと言うことは。

 ――もしかして言えない相手、だから?

「だからって。俺んとこに来なくても。仕事でも一緒にいんのに、休みにまで顔合わせたくねんじゃねぇの、普通」

 苦々しく笑って、貴史はコーヒーを啜った。

「他にあてがないんだよ。もれなくセックス期待されちゃって、断るのも説明するのもいい加減面倒なんだよね」

「そんなの、今までダチだろうとなんだろうと、食えそうだと思ったら速攻食ってきたからだろ?」

「――え?」
「相手は、俺も誰だか知らないんだけどね」

 缶ビールを一度、ぐびりと傾けてからピザの箱を開け、一切れずつをそれぞれの皿に取り分けながら、七月が話す。

 ――報われない片思い。

 その言葉に、頭を強く打たれたような衝撃を覚える。

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