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最後の夏(前)

BL好きが書いた自作小説を短編・シリーズでぼちぼちアップしています。年下攻率高し。 18禁。
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 夏にだけ、逢える人がいる。
 彼は毎年、そこで僕を待っていた。

 副都心のベッドタウンである僕の家から車で約三時間の、父の実家。たった三時間で、こんなところへ来れるのか、と初めて来た人なら驚くであろう、片田舎。過疎も始まって久しい。だが元来そこは田舎だった。なにしろ父の実家には、番地がないのだ。地名と名前だけで郵便物が届くその地には、僕が生まれる直前に祖父が亡くなって以来、祖母が一人で気丈に暮らしている。

 冬は雪深く、車で訪れる事が出来ない。典型的なサラリーマンの父を持つ僕の家庭は、父の休暇の都合もあり、年一度、お盆辺りに訪れるのみとなっていた。

 一週間にも満たない、僅かな滞在期間。けれど僕の物心ついた時からずっと、そこにいる間、彼はいつも僕の側にいた。家を出て、少し山を歩けば、カブト虫やクワガタ虫が捕れる。谷を下れば、泳ぐには冷たすぎる清流で川魚や沢蟹が捕れる。むせ返るような草いきれを走り抜けたときも、急にやって来た夕立に身体を叩きつけられたときも、ここでの美しい思い出は常に彼と共にあった。


 僕は彼を「兄ちゃん」と呼んでいた。名前は知らない。歳は見た感じ二十歳前後。いつも着ているランニングシャツからは、細身だが、しっかりとした美しい筋肉のついた腕が伸びている。僕はこの彼の腕が大好きだった。

 一度彼の存在を母にほのめかした事がある。けれど母に「まだ心が純粋だから、あなたにだけ見えるものがあるのかもしれないわね」と優しくかわされてからというもの、誰にも彼については話した事はない。

 誰の目にも映らないらしい彼だけど、僕には確かな存在に思える。「ハル」と僕の名を呼んで頭を撫でる手は、優しくて、暖かい。そして僕の心をすうっと緩ませてくれる。たくさんある部屋の一室で眠れない夜も、兄ちゃんの優しい手があれば、僕は眠りにつくことができた。


 彼の存在を不思議に思い始めたのは、僕が中学生になった頃からだ。どんどん成長する僕を優しく見守る彼の姿は、今も昔も全く変わらない。そして成長する体に伴って、彼に寄せる僕の気持ちが、どういうものなのかを自覚するようになったのも、丁度この頃だった。

 今年の夏、大学受験を控えた僕に両親は、「無理をして行かなくていい」と言ったが、彼に逢えない夏なんて考えられなくて、迷わず一緒に行くことを選んだ。

 到着してすぐ僕は庭に面した部屋の縁側に一人腰をかける。目を閉じて一呼吸してから再び目を開けると、僕の目の前には兄ちゃんがいつもの優しい笑顔で立っていた。

「ハル、おかえり」

 そう言って僕の頭を一撫でする。僕はその手の甘い懐かしさに目を細める。

「また大きくなったね」

 彼は縁側に腰を下ろし僕を見た。昔は首が痛いくらいに彼を見上げないといけなかった僕の目線は、もう兄ちゃんとほぼ同じ高さになっていた。

「うん……。十八になったからね。今年大学受験だよ」
「そうだね……。十八になったんだね……」

 彼は眩しそうに目を細めて真夏の濃縮されたような水色の空を眺めた。その目はあまりに遠くを見ていて、小さく立ち上がっている入道雲のまだその向こうを見ているようだった。

後へ→


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コメント
これは何だか・・・他の作品とはカラーが違っていますね。
明るく健全なのも良いけど、こういうのもまた・・・てか、こういうのがスキですね。
ノスタルジックな情景に、現の人とも思えない「何か」・・・。
ナンなのでしょう、彼は・・・
ワクワク。
2007/11/06(火) 17:35 | URL | 平和堂書店 #-[ 編集]
そしていつもはあまり一人称でハナシを書かないのですが
珍しい一人称で描いてみました。
風景のイメージ先行で書いた思い出があります。
なんとなく今はもうかけなさそう…
2007/11/06(火) 22:18 | URL | ベラ #mQop/nM.[ 編集]
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