「……なんつーか……。一週間、あんたの、……慎治さんのおかげて……兄貴の事全然考えなくてすんだんだ。……だから」
「だから? ……どういう事か分かんねんだけど」
また丁寧な取り扱いでネクタイを袋に戻し、改めて歩を見る。目が合うと、歩は伝わらなくてどかしいのか、悔しそうに唇を噛んだ。
「だから? ……どういう事か分かんねんだけど」
また丁寧な取り扱いでネクタイを袋に戻し、改めて歩を見る。目が合うと、歩は伝わらなくてどかしいのか、悔しそうに唇を噛んだ。
「言ったじゃん。……新しく好きな人ができたら、忘れられるって」
「……好きなヤツ、できたんだ?」
慎治の問いに歩が小さく頷く。
――ほらな。そんなモンなんだよ。なんてったって歩はまだ高校生なんだ。まだ瞬間瞬間を生きてる。
「……良かったじゃん。もう雨ん中泣かなくて済みそ?」
努めて明るく。営業スマイルには慣れている。けれども口の中が妙に乾いた気がして、コーヒーをずず、と啜った。
「……慎治さん、……あんただよ」
「……え、俺?」
思わず自分を指差した。確かめるように歩を見ると、歩はこの時も毎度の調子で小さく頷いた。
それは有り得ない、と思う。結婚してしまった兄を想って雨の中うな垂れていた、歩の姿を思い出す。それほど好きだった人を忘れてたった一晩過ごしただけの、『兄貴と全然違う』慎治を好きになったと言うのなら、きっとそれは錯覚だ。今まで面倒見た相手がそうだったように、またきっと、傷が癒えたら自分の元から離れて行くんだろう。――ならばいっそ。
「お前それ……俺が初めての相手だからって、刷り込み働いてるだけだろ? 勘違いしてんだよ」
歩の目が大きく開く。その憤りが目から伝わってくる。
「なんだよソレ? じゃあそれが勘違いだってどうやったら分かんだよ」
「また誰かとヤるとかさ。……またすぐ好きなヤツができるって」
軽い調子で肩を竦めて言ってみせる。
「俺は……俺は生まれてから十六年間ずっと他の誰も好きになんなかったよ。そんな簡単に……また誰かなんて」
「そんな長く好きだった人ん事、たった一週間で忘れられたってなら、……俺なんか明日にでも忘れられるんじゃね? ……俺ん事好きになる理由って、ヤった、って事くらいしかねぇだろ?」
「優しくしてくれたじゃん。俺の、あんな気持ち、身体張って受け止めてくれたんだと……一週間かけて考えて……」
歩が顔を歪めた。
――あ、泣く……?
思わず歩に手を伸ばしたくなる。今歩を掴まえたらきっと、もう手離せなくなる。
慎治は両手でマグを握る事で、自らその衝動を思い留まらせる。
手にしていたマグを静かにテーブルに置いて、歩が立ち上がった。
「……じゃあ。……お世話になりました。それ、捨てといて」
目線でネクタイを指すと、歩は慎治に背を向け、静かに部屋を出て行った。
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「……好きなヤツ、できたんだ?」
慎治の問いに歩が小さく頷く。
――ほらな。そんなモンなんだよ。なんてったって歩はまだ高校生なんだ。まだ瞬間瞬間を生きてる。
「……良かったじゃん。もう雨ん中泣かなくて済みそ?」
努めて明るく。営業スマイルには慣れている。けれども口の中が妙に乾いた気がして、コーヒーをずず、と啜った。
「……慎治さん、……あんただよ」
「……え、俺?」
思わず自分を指差した。確かめるように歩を見ると、歩はこの時も毎度の調子で小さく頷いた。
それは有り得ない、と思う。結婚してしまった兄を想って雨の中うな垂れていた、歩の姿を思い出す。それほど好きだった人を忘れてたった一晩過ごしただけの、『兄貴と全然違う』慎治を好きになったと言うのなら、きっとそれは錯覚だ。今まで面倒見た相手がそうだったように、またきっと、傷が癒えたら自分の元から離れて行くんだろう。――ならばいっそ。
「お前それ……俺が初めての相手だからって、刷り込み働いてるだけだろ? 勘違いしてんだよ」
歩の目が大きく開く。その憤りが目から伝わってくる。
「なんだよソレ? じゃあそれが勘違いだってどうやったら分かんだよ」
「また誰かとヤるとかさ。……またすぐ好きなヤツができるって」
軽い調子で肩を竦めて言ってみせる。
「俺は……俺は生まれてから十六年間ずっと他の誰も好きになんなかったよ。そんな簡単に……また誰かなんて」
「そんな長く好きだった人ん事、たった一週間で忘れられたってなら、……俺なんか明日にでも忘れられるんじゃね? ……俺ん事好きになる理由って、ヤった、って事くらいしかねぇだろ?」
「優しくしてくれたじゃん。俺の、あんな気持ち、身体張って受け止めてくれたんだと……一週間かけて考えて……」
歩が顔を歪めた。
――あ、泣く……?
思わず歩に手を伸ばしたくなる。今歩を掴まえたらきっと、もう手離せなくなる。
慎治は両手でマグを握る事で、自らその衝動を思い留まらせる。
手にしていたマグを静かにテーブルに置いて、歩が立ち上がった。
「……じゃあ。……お世話になりました。それ、捨てといて」
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