Kiss my Sleeping Beast（２）

「メシ、食ってくだろ？」
「ああ」

　返事とは裏腹に皓市がグーパーする自分の手を見たまま腰を上げない。

「皓市？」
「……」

　皓市は変わらず不貞腐れたように手を動かし続けている。

　――何のために来てるか、ホントは分かってるんだけど……。しょうがない奴だな……。

　智裕は黙る皓市をちら、と窺い、ごくごく小さくくすりと笑って、鞄の奥から小さな包みを取り出した。

「ああそうだ、これ」

　まるで今思い出したかのように、取り出した包みを皓市の手に乗せる。

「……！」
「今日、誕生日だろ」

　皓市の動きが止まった。しばらく放心したかのようにその包みを眺めた後、いつものニヤけた笑みを浮かべて智裕を見た。

「……なんだ、智裕、水臭ぇな。覚えてたんならそう言えよ」

　そう言いながら皓市は思いのほか丁寧に包みを開けた。出てきたのは皓市がいつも欲しがっているシルバーアクセブランドのジッポライターだった。皓市はお、と驚きと喜びの入り混じった顔をして、俺が喫煙者なの、知ってたのか、と呟きながらその小さな贈り物にキスをした。

「そしたらこんな回りくどいやり方をしないで済んだって？」

　喜ぶ様子の皓市に少し安堵し、そしてそのあとすぐ、そんな自分を少し悔しく思う気持ちが智裕を襲う。
　皓市がやっと腰を上げた。

「誕生日祝いに智弘の顔を見に来ただけだったんだけどな」

　皓市はライターを手にしたまま、智裕をぐいと背後から抱き寄せた。そして少し紅潮した贈り主のなめらかなうなじに唇を当てる。

「……！」

　今日二度目の皓市の唇の感触に智裕が小さく身じろいだ。

「……ありがと」

　呟くようにそう言って皓市は智裕のさらりとした暑さ知らずの髪に顔を埋めた。

　――今日は誕生日だから、キスも二回まで、許しておいてやるか。

　智裕は皓市からは表情が見えないのをいいことに、ふ、と表情を綻ばせた。

「……ん？」

　すっかり気を許して微笑んでいた智裕は、はっと我に返った。ごそごそと皓市の手が動いているのに気付き、恐る恐るその手元を見る。その手は智裕のシャツをたくし上げようとしていた。

「こっこらっ！　調子に乗るなよっ！」
「今ちょっと、今日はいいかも、て思ってただろ？　おまえ」
「思うかっ！」

　真っ赤になってその手を振り解こうともがく。

「ご飯冷めるわよ～！　早く降りてらっしゃい～！」

　丁度そのとき階下から先程よりワントーン高くなった智裕の母の声が聞こえてきた。皓市は小さく舌打をした。

「あ、は～い」

　智裕の返事を合図に智裕は皓市に肘鉄を食らわせ、二人は弾かれたようにばたばたと階段を駆け下りていった。


おしまい


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