仕事から戻った享一は、自宅アパートのドアに鍵を差し込んだ。ドアの鍵がかちゃり、と鳴る。
「……?」
確かに今、シリンダーの中が回る音がしたはずなのに、ドアが開かない。不審に思い、もう一度鍵を差し込み、かちゃりと鳴らす。
開いた。……という事は、今まで鍵が開いていた? 朝、閉め忘れて出たか、それとも空き巣に入られたか……。
部屋の中はいつも享一が仕事から戻った時と同様、真っ暗。享一は慣れた手つきで部屋の明かりを点けた。
……やっぱり。
「……?」
確かに今、シリンダーの中が回る音がしたはずなのに、ドアが開かない。不審に思い、もう一度鍵を差し込み、かちゃりと鳴らす。
開いた。……という事は、今まで鍵が開いていた? 朝、閉め忘れて出たか、それとも空き巣に入られたか……。
部屋の中はいつも享一が仕事から戻った時と同様、真っ暗。享一は慣れた手つきで部屋の明かりを点けた。
……やっぱり。
明るくなった部屋でまず享一の目に入ってきたものは、びっしりと英語で書かれた書類の束と、数冊の分厚い専門用語辞典。そして、その横で幸せそうに眠る、泰司の姿。さしずめ泰司の仕事である翻訳中に眠くなったのだろう。部屋が暗かった、ということは、電気を点けなければならない時刻より前から寝ている、という事だ。
――まったく。人が遅くまで仕事してるってのに、すやすやと寝やがって。……なんか、ムカツク。
享一は、そんな気持ちに逆らわず、げし、と泰司を踏みつけた。
「おら、いつまで寝てんだ。ったく。合鍵持ってるからって、来る時は連絡の一本もよこせ」
続けて二度、三度、げしげしと踏みつけてやる。
「んあ? あ、お帰り、享一。早かったな」
泰司がひとしきり目をごしごしと擦った後、大きな欠伸を一つしながら、ぐがーっと叫んだ。
「早くなんかねぇだろ、もう十一時回ってんだぞ」
「……えっ! ……やばい。締め切り、明日の十二時なのに……」
泰司の顔からさあぁっと血の気が引いていく。
「五時前頃、どうしても眠くなって、ちょっとだけ、と思って……目覚ましもかけたのに」
泰司は六時にセットされた享一の目覚し時計を呆然と眺めた。ベルを止められた形跡がない。
「鳴ってないよ~」
信じられない、といった様子でアラームの針を回すと、時計はじりりりっとけたたましい声をあげた。
「鳴ってたんだろ。起きれなかった自分の落ち度を認めろって。それより早くその仕事に取り掛かれよ」
享一は、怒る気も失せてどさっと力なく泰司の横に座り込んだ。どああぁ~っと叫びながら書類に向かう泰司を呆れたように見て、煙草に火を点けた。
「お前、今日、何でここまで来たんだ?」
「何で、て? how? what for?」
泰司は眼球を時計の振り子のように左右に揺らして書類に目を通すのを休まず訊ねた。
「Howだよ」
「車」
「どこに停めた?」
忙しく動かしていた目をふと止め、泰司はまた血の気を引かせて享一を見た。
「アパートの前に……」
「なかったぞ」
「嘘?!」
泰司はがばっと立ち上がり、部屋の外へと走り出た。享一もそれに続く。
「……ない……」
泰司にとっては忽然と消えた愛車。だがそれを停めたと思われる場所の地面にはチョークで文字が書かれていた。
つづく
2へ→
――まったく。人が遅くまで仕事してるってのに、すやすやと寝やがって。……なんか、ムカツク。
享一は、そんな気持ちに逆らわず、げし、と泰司を踏みつけた。
「おら、いつまで寝てんだ。ったく。合鍵持ってるからって、来る時は連絡の一本もよこせ」
続けて二度、三度、げしげしと踏みつけてやる。
「んあ? あ、お帰り、享一。早かったな」
泰司がひとしきり目をごしごしと擦った後、大きな欠伸を一つしながら、ぐがーっと叫んだ。
「早くなんかねぇだろ、もう十一時回ってんだぞ」
「……えっ! ……やばい。締め切り、明日の十二時なのに……」
泰司の顔からさあぁっと血の気が引いていく。
「五時前頃、どうしても眠くなって、ちょっとだけ、と思って……目覚ましもかけたのに」
泰司は六時にセットされた享一の目覚し時計を呆然と眺めた。ベルを止められた形跡がない。
「鳴ってないよ~」
信じられない、といった様子でアラームの針を回すと、時計はじりりりっとけたたましい声をあげた。
「鳴ってたんだろ。起きれなかった自分の落ち度を認めろって。それより早くその仕事に取り掛かれよ」
享一は、怒る気も失せてどさっと力なく泰司の横に座り込んだ。どああぁ~っと叫びながら書類に向かう泰司を呆れたように見て、煙草に火を点けた。
「お前、今日、何でここまで来たんだ?」
「何で、て? how? what for?」
泰司は眼球を時計の振り子のように左右に揺らして書類に目を通すのを休まず訊ねた。
「Howだよ」
「車」
「どこに停めた?」
忙しく動かしていた目をふと止め、泰司はまた血の気を引かせて享一を見た。
「アパートの前に……」
「なかったぞ」
「嘘?!」
泰司はがばっと立ち上がり、部屋の外へと走り出た。享一もそれに続く。
「……ない……」
泰司にとっては忽然と消えた愛車。だがそれを停めたと思われる場所の地面にはチョークで文字が書かれていた。
つづく
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