雨がやんだら（３）

着ているのは今時なスーツ――慎治も見覚えのある、若者に人気のブランドの今期モノだ。それが濡れるのも気にする様子もなく、傘も差さずに。

　慎治は何も考えもしないまま、ごく自然な事のように傘を差し出した。

「スーツ……濡れたら使いモンなんなくなっぞ」

　傘を差し出された青年が、身体に落ちる雨粒を感じなくなってふと顔を上げる。

　――え、泣いて……？

　雨と混じってはっきりとは分からない。ただ、その目が悲しみを湛えていた。

「……あ」

　青年も先日声を掛けられたデパートの店員だと気付いたのか、慎治の顔をじっと見つめ、ぐし、と一度鼻を啜った。

「……いーんだよ、もう二度と着ねぇし」

　不貞腐れたように言い放って、ふい、と視線を逸らす。

「風邪引くぞ、早く帰んねぇと……」
「……今日は帰んねーよ」

　何かに傷つき投げやりになっているその幼さが、……可愛い。

　――ヤベ、放っとけねぇ……。

「……俺んち来いよ。風呂、入らせてやるから」

　青年はしばらく睨むように慎治を見つめ、けれども素直に立ち上がった。


　慎治の住むマンションは、職場から歩いて十五分という、夢のような場所にある。都心の一等地に近い場所に建つそのマンションは、家賃は張るが、この先結婚する事もなく、貯金の必要もさして感じない慎治には勤務先から支給される若干の住宅手当と合わせると特に苦もなく支払える額だった。交通機関を利用する事なく通勤できる場所に住んでいるという事は、終電を逃したり帰るのが面倒になったりした輩に利用されるのを恐れ、特に同僚に対しては厳重にひた隠していた。

　滅多に人を連れてくる事のないその部屋に、まだ二度見かけただけの、名前も知らない青年を連れ帰った。


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