じゃじゃ馬ならし（45）

「いねーし」

　――いつでも来い、とか言っときながらどっか行ってるじゃねーかよ。

　いやでも飯とか食い行ってるだけかもだし、いやこの時刻なら飯の買い物に行っているのかも知れない。はてまたパチンコか、スポーツジムか。

　そもそも連絡もせず来たのだから、山中が大敬を待って家にいるということなどあろうはずもない。

　真一文字に結んでいた大敬の唇が、あれこれ考えるうちに、いつの間にかツンと尖ってしまっていた。

「あーあ。せっかく来てやったのに」

　強がりにも似たわざとらしい声で言ってみる。しかしその声は静まり返ったエントランスの壁にむなしく反響して、そしてどこに吸い込まれたのか、また静寂が訪れた。

　山中に抱かれてしまった日に見た写真が脳裏を過ぎる。

　――女。

　やはりいるのだろうか。奥さんと、子供が。

　だとしたらそれは、大敬には太刀打ちでき出来ない相手。

「ビジネスにでも泊まるか……」

　ぽつりと呟くと、寂しさが込み上げた。

「バカだ、俺」

　あんな軽薄な言葉を鵜呑みにして、バカ正直もいいところだ。

　本音と建前を見分けられるような人間になりたい。

　こんなだから恋愛がうまく行かないのだろう。

　ごく無意識に、すんなりと降って湧いた『恋愛』という言葉にはっとする。

　――やっぱ俺、山中にまんまと落とされてるし。

「あーもー……」

　頭を抱えて屈みこんだ。

　とにかく逃げてしまいたい。
　
　そんな気分でここを離れようと立ち上がり、踵（きびす）を返したその時。

　遠くに山中が立っていた。　


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参考：貴史×生



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