コイゴコロヒトツ（２）

自分とは明らかに異なる性。高い声高い靴何かの甘い匂い。……こんなのが、いいのか。

「はい、いつもお世話してます」

　冗談めいた口調で章生はそう答える。セーイチもその隣の女もそれを聞いて笑う。けれどもそれはその女に向けての章生の精一杯の虚勢。

――俺は、オマエの知らない会社でのセーイチを知ってるんだよ？

　もちろんその声は誰にも届かないけれど。



「ども、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでしたー」

　幸せな二人が肩を並べて章生とは逆方向へ帰ってゆく。小さくなっていく二つの影をぼんやりと眺め、人ごみに消えた瞬間、章生はやっと一つ大きく息をついた。

「……ったく」

　その場に石が転がっていれば間違いなく蹴り飛ばしていただろうその気持ちを後ろ髪をわしわしと掻く事で誤魔化す。

　寂しげな笑みを浮かべ、章生は小さく唇を噛んだ。

「……帰りますか」

　くるりと踵を返そうとしたその時、章生の腕が誰かに掴まれた。いきなりかかった大きな力によろめきながら、振り返る。

「陣内さん、偶然ですね……。お一人、ですか？」

　それは隣の部署の坂崎だった。真っ直ぐ章生を見つめる瞳、それはオフィスでいつも感じ取っていたもの。社屋近くの飲み屋街だから、今ここで会うのは偶然かもしれない。けれども章生のこの腕を掴んだ彼の行動は、きっと偶然じゃない。

　章生は僅かに俯き小さく微笑み頷いた。

「……うん、一人だよ？」


おしまい


続編コイゴコロフタツあります。
よろしければどぞ。



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