ただ、それだけ。（31）（R15)

「野田さん……？」
「穂積は……ど、して俺を……」

　野田が、穂積の胸元に右手を置いた。穂積の本心を問うように。

「良いんですか」

　――本当の事を、言っても。

　野田の左手が、そっと、穂積の頬を包む。指輪のない野田の左手。その小さな存在がなくなった事。それが、穂積と野田を隔てる何よりも大きな垣根がなくなった事なんだと、野田が穂積に訴えかけているような気がした。

　野田の目元が、ふと綻んだ。

　穂積に向けられたその目が、閉じ込めていた穂積の感情を綻ばせた。抑えていた野田への気持ちが溢れ出す。

　――落としたつもりで、その実相手の身体を知れば知る程ハマっていってたのは、きっと俺の方だ。

「野田さん俺……」
「ん……」

　野田が、親指で穂積の唇をなぞる。その優しい指に、泣きたくなる。

「野田さんの事が好きで……どんな形でも良いから、野田さんが欲しかった……それだけなんです」
「穂積……良か、っ……」

　瞬きをした野田の目からまた一筋、涙が流れた。同時に穂積の首に両腕を回して穂積を引き寄せる。

「俺も、……穂積……、好き……」
「野田さ……ん」

　野田に抱き締められながら唇を重ねた。穂積を求めると同時に、慈しむように抱き締める野田の腕。どちらかというと細身な野田の懐が、何処か広く、深く感じる。

　今から野田を抱くのは穂積なのに、野田の愛情に包み込まれて穂積の方が野田に抱かれているかのような気持ちになった。穂積への想いを、野田もまた今夜初めて綻ばせたのかも知れない。

　深いところで穂積の全てを愛するような野田の抱擁は、穂積に野田が自分より七つも年上だった事を思い出させた。あるいは子を持つ男と言うのは、こんなにも愛情深くなるものなのだろうか。野田の設計から感じる野田の本質はここにあったんだと、夢中で野田の唇を貪る穂積の思考の端で、穂積ははっきりと確信した。





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