Fly Me To The Moon（16）

　手早く買い物を済ませた和大は、ナツメの部屋に入るとすぐ料理に取り掛かった。元々物の少ないナツメの部屋は、訪問者を迎えるに当たって片付けをするまでもなく整然としていた。

　キッチンに立つ和大を横目にぼんやりとテレビを見て小一時間、できたよ、と和大がナツメに声をかけた。

「わスゲ……」

　思わず声が零れた。和大が机に運んできたのは家庭料理、と呼ばれるものなんだろう。味噌汁とお浸しと肉じゃが。

　買い出し前に味噌はあるのかと訊いた和大にナツメはねーよ、と肩を竦めて答えた。それで全てを把握したのか、和大は食材を調味料類に至るまで全て買い揃えた。

「ベタだけど、肉じゃがなら明日も食えるし明日のが旨いから」

　多めに作っといたよ、と和大が笑った。

　和大が笑う度に身体の中が騒ぐ。

　腕まくりした事でナツメの目に晒された、美しく血管が浮き上がる和大の腕が、ナツメの渇きを思い出させる。

「――ナツメさん、食お？」

　気付けば和大に見とれていた。いやきっと、物欲しそうに彼を見ていた。和大の声にナツメははっとして、そうだな、と曖昧に笑って箸を取った。

　品数は多くはないが、小一時間でここまでできればかなり手早い方だろう。きっと自分が同じ物を作ればもっと時間が掛かるだろう、とナツメは思った。味噌汁の濃さも、ホウレン草の茹で加減も、肉じゃがの味付けも、どこか優しい。懐かしい、と言いたいが、ナツメは母の料理でさえこんな優しさを感じた事がなかった。肉じゃがの仄かな甘味はナツメの胸を甘く満たし、不意に涙腺が熱くなるのを感じてナツメは苦笑した。





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