偏愛エレジー（53）

　四年余に及ぶ教師の職を経て、授業で声を張ることで鍛えられたのか、その声に深みと説得力が増した気がする。

　こんな時なのにどこか心の隅でそれを良い声だな、とうっとり聞き入り、授業のたびにその美声を聞くことができる生徒たちに小さく嫉妬さえする位織がいた。

「位織さんっ」

　俯く位織に焦れたように、尚大が位織の両肩を掴んだ。

「そんなの、……」

　――言えるわけない。

　話せば、位織が尚大に恋してしまったことでそうなったということまで話さないといけなくなっただろう。

　重い付き合いを好まないと言った尚大にそれを打ち明ければ、尚大は位織と身体を重ねることを拒んだかも知れない。

　せっかく持てた繋がりを、自ら断つことなんて、できなかった。

「どうして位織さん、何も言わないで引っ越したの？　携帯も繋がんなくなって……俺、そんなに位織さんに迷惑かけてた？　ならもっと早く……」
「ちがっ……」
「じゃあ何？」

　顔を上げた位織の視界に、まっすぐ尚大が飛び込んでくる。その目が、たくさんの疑問を位織に投げ掛けている。

「……、……」

　もう、言ってしまってもいいのだろうか。どの道、終わりになるか、尚大に必要とされていることを確かめることができるか、最後の足掻きにも似た賭けだ。言って、……。




←52へ　/　54へ→　
←１から読む
尚大×位織

関連：和大×ナツメ　




にほんブログ村

↑ランキング参加中す。よければポチっと押してクダサイ
書く意欲に繋がってます(*´∀｀)