「ぁ……」
ちらりと、音源に目を遣る。
特定の人物に、特定の着信音を設定していない生には、電話の相手に心当たりはなかった。
「鳴ってるよ」
生のだろ、と貴史が応答を促す。
「心当たり、ないから……」
「俺もそうだったけど、やっぱ全く関係ない相手から電話はかかってこねぇよ」
先刻貴史自身にあった、七月の訪問と電話のことを言っているのだろう。確かに全く見ず知らずの相手から携帯に電話がかかって来る可能性は、ゼロに等しい。
ちらりと、音源に目を遣る。
特定の人物に、特定の着信音を設定していない生には、電話の相手に心当たりはなかった。
「鳴ってるよ」
生のだろ、と貴史が応答を促す。
「心当たり、ないから……」
「俺もそうだったけど、やっぱ全く関係ない相手から電話はかかってこねぇよ」
先刻貴史自身にあった、七月の訪問と電話のことを言っているのだろう。確かに全く見ず知らずの相手から携帯に電話がかかって来る可能性は、ゼロに等しい。
出ねぇの、と貴史が生から手を離す。
出たくはなかったが、万一にも仕事関係の電話であったら、という思いもある。生は音源に向かって恐る恐る足を向けた。
雨の中を歩いていたスーツは、クローゼットの中には仕舞われずに、少し開いたそのドアに掛けられている。背広の内ポケットに入れられた携帯を取ろうと襟に手をかけた時、留守番サービスに切り替わったらしく、着信音がふつりと切れた。
再び訪れた静けさの中、内ポケットに手を差し入れて携帯電話を取り出す。不在着信があったことを告げる緑色の点滅を見てから、携帯の黒いフリップを開いた。
『田辺大敬』
発信履歴には、一週間前生に、明日もまた会える相手にさよならを言うような軽さで二人の関係の終わりを切り出した、生のかつての想い人の名が表示されていた。
その名にはもう、かつてのような胸の高鳴りはない。
幾度となく身体を繋いだこともあるその男の名前を、何の感情も持たない表情でじっと見た。
折り返すべきか、このまま不在を決めこむべきか。
ほんの少し、迷いに小さく唇を噛む。
すると今度は生の手のひらの中で、その黒い塊が振動と共に再びの着信を告げるメロディーを鳴らした。
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大敬で「ひろたか」ですw
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折り返すべきか、このまま不在を決めこむべきか。
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