そして、俺たちは。（１）

「こんなに落ち着かねんなら俺も飲んで帰ってくりゃ良かったかな……」

　舌打ち混じりに忌々しげに呟いて、時計を自分の足元に向けて軽く放り投げた。慎治に散々弄ばれた時計は、巣に戻った卵のように、くしゃくしゃのタオルケットの中に窪みを作ってしっくりと収まった。

　今夜歩は兄に誘われたからと、食事に出かけている。今までもバイトの飲み会、ゼミの飲み会、教授に誘われたから、などと言っては歩が外で食べて帰ってくる事は何度もあった。その度慎治は快く、歩を送り出していた。いや今日も、快く送り出しはした。

　けれども。

　今夜は少し、事情が異なる。

　歩が兄と外で夕食を共にする、と言ったのは慎治と暮らし始めて以来初めての事だった。しかも兄から誘われたと言う。

　――一体何の話が。俺何か、やっちまったかな。

　数年前、慎治は歩の兄に呼び出され、歩と付き合っていた慎治を同性だと言う事、十歳年上だと言う事、加えて歩に受験が近い事を理由に、歩と別れるよう彼に言われた過去がある。

　今また、歩の就職が近付いている。

　世間一般の目で見たら、歩にとって自分は、歩が後ろ暗い思いをする原因になり得る事は百も承知だ。一緒にいる事で歩の人生を汚す事になると言われれば、それは歩が高校生だった頃から今まで、何も変わらない事実だろう。

　それでも歩は、慎治の側を選んだ。成人して、誰かに咎められても自分の選択を貫く事ができるようになってから、慎治の元に帰ってきた。

　――大丈夫だ。誰も歩を俺から引き離す事なんか、できねぇハズだろ？　それがたとえ歩の兄さんでも。

　騒ぎそうになる気持ちを自ら宥めて、慎治は一つ深呼吸をした。



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歩×慎治（高校生×リーマン）→（大学生×リーマン）