そばにいるから。（44)

「――ハルカ」
「……店長。おはようございます」
「ちゃんと来たんだ」
「……ん」
「もう修至さん、って言わねんだ？」
「……、……」

　握られた手首が痛い。倉本は決して強く握っているわけではない。倉本に対する罪悪感が、悠にそれを痛みと捉えさせてしまうだけだった。

「京都行く話は？　まだ生きてる？」
「……、すいません。やっぱり行けません……」

　学を諦めなければならないのなら、本当に行ってもみたかった。倉本の夢が実現する手助けを、自分に少しでもできるのならと、本当に思ってもいた。

「俺とハルカは？　もう終わり？」
「……、ごめんなさい……」
「……そか」

　一度ゆっくりと瞬きをして、倉本は悠から手を離した。

「店長さえ良ければ、このままここでバイト続けたい、です……」
「もちろん構わねーよ。このまま社員になれば、ハルカなら店長候補間違いなしなんじゃね？」

　倉本はいつもと変わらない笑みを悠に向けた。その事が返って悠の罪悪感を深く抉る。

「いつか俺も、店長みたいになりたいって、俺の目標です。……もっとちゃんと、いっぱい勉強して、……」
「どこにいたって、その気持ちがあれば大丈夫だよ。ハルカならきっと一流のバリスタになれるって」
「……ありがとう、修至さん。ほんとに……」

　――ごめんなさい。気持ちのないまま抱かれる俺を許し続けてくれたのに。自ら進んで傷付いてるだけの俺を、あんなに優しく慰めてくれたのに。それに応えられない俺をまた、その笑みで許そうとしてくれている。

　込み上げる、倉本への思い。頭を下げると、零れ落ちた涙がぱたぱた、と床に小さな染みを作った。

「……『店長』なんだろ？」
「……うん」
「なんでハルカが泣くんだよ。――もう六時なるよ。さっさと顔拭いて」

　ちゃんと働けよ、と悠の肩をぽん、と叩いて、倉本は悠より先にバックヤードを出て行った。

　静かに閉まった扉をしばらく眺めていた。後に残るのは、倉本への感謝の気持ち。目元を荒く拭って、悠も部屋を後にした。





←43へ　/　→45へ
←１から読む






野田学について(*´∀｀)

叔父：野田歩（あーちゃん）
父　 ：野田進

↑よろしければ合わせてドゾー



にほんブログ村

↑ランキング参加中す。よければポチっと押してクダサイ
書く意欲に繋がってます。





「バリスタ」って言葉がちょっと異様に恥ずかしいですwwwwww