いつもの月曜。バレンタイン商戦も終わり通常の陳列に戻ったが、早すぎる春服のディスプレイにはまだ現実味がなく、また実際一歩店から出れば、まだ春の兆しは微塵も感じられない風に吹かれてコートの前を合わせる、そんな季節。開店後間もない午前十時半過ぎの紳士服売り場は客足もまばらで、時折客を見掛けても、月曜が休みな職種と思われる彼らはワイシャツやネクタイが並ぶ慎治の持ち場はスルーして、この階から繋がる本屋や有名大型雑貨店の入る別館の方へと流れてゆく。それでも訪れた数人の客が触れて行った陳列を整えるべく、慎治は売り場を見渡しながらさして乱れてもいないネクタイの列に手を伸ばしていた。
少し離れた所から、客の姿が視界に入った。仕事途中なのか、スーツ姿のその男は、何かを探してはいる様子だが、何を探しているのか陳列棚には視線を向けず、店員一人一人を目で追って何かを確かめているように見える。
そして慎治のその推察は間違いではなかった。遠目で慎治と目が合った彼は、見つけたとばかりに一度大きく目を見開き、それから意を決したように肩に掛けていた黒い設計図入れを掛け直して慎治に近付いてきた。
「……いらっしゃいませ」
到底品物を買いそうには見えないその男に、それでも慎治はお決まりの言葉をかけた。見ると、随分綺麗な男である。慎治好みの品の良い顔立ちを持ち合わせ、本人は意外に無頓着そうだが、着ているものにはハリがあってシワがなく、また作りも良いものだった。
「仕事中すいません。巽慎治さん、ですよね」
「……はい」
遠慮がちにも聞こえる言葉は、それでも声を掛けると決意していたのかはっきりと聞き取る事ができた。
――俺は、この男を知ってる。
咄嗟にそう感じた。仕事柄、人の顔と名前は余る程覚えなければならないが、それを難無くこなせるのが慎治の特技でもあった。けれども名前が出てこない。今まで接客した相手ではないのは確かだ。ゲイの慎治がかつてはよく出向いていた、その手の店で出会った男でもないのは、左薬指に光る指輪からも見て取れる。慎治と同世代位にも見えるこの男の、童顔と言って良いこの顔立ちであれば、学生時代に会っていたとしても忘れる事はないだろう。
――少し造作は違うが、この雰囲気は。
嫌な予感に、背中に冷たい汗が滲み出る。
「私野田と言います。……分かりますか」
「はい……」
苦しさに息が詰まりそうになる。途端にヒリつく喉。初対面のはずなのに、確かに面立ちをよく知っているこの男は。
「少し話がしたいんですが。仕事が終わってから、お時間頂けますか」
「――分かりました。今日なら八時半にはこの近くであればお会いできると思います」
「じゃあ早速で申し訳ないんですが、今日八時半に、前のエストピアホテルの一階にある喫茶店でお待ちしてます」
男は慎治に名刺を差し出して、それじゃあ、と小さく一礼すると慎治の元を去っていった。
――野田進。
この近くにオフィスのある、大手建設会社の設計課勤務と書かれていたが、そんな事はもうどうでも良かった。
「進と歩で進歩?」
明るく呟いて名刺を内ポケットにしまったが、掌は汗に濡れていた。
彼は慎治の十歳年下の恋人、歩の兄だった。
→2へ
設計図を入れるあの筒状の肩掛けカバンの正式名称、誰か教えてくだちぃwwwwww
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タイトルはバッハの曲より拝借。
気になる方是非つべにてご覧くだちぃ→Jesu, bleibet meine Freude
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メイン →『雨がやんだら』
番外 →『十二月二四日、夜八時』
会話のみ →『今日のピロートーク』
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「……いらっしゃいませ」
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「……はい」
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――少し造作は違うが、この雰囲気は。
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「私野田と言います。……分かりますか」
「はい……」
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「少し話がしたいんですが。仕事が終わってから、お時間頂けますか」
「――分かりました。今日なら八時半にはこの近くであればお会いできると思います」
「じゃあ早速で申し訳ないんですが、今日八時半に、前のエストピアホテルの一階にある喫茶店でお待ちしてます」
男は慎治に名刺を差し出して、それじゃあ、と小さく一礼すると慎治の元を去っていった。
――野田進。
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「進と歩で進歩?」
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