Fly Me To The Moon（13）

　河辺もきっと、ナツメの事が好きなんだろう。ナツメを長く見ている分、彼が傷付いてきたところも見て来たのかも知れない。河辺の言葉は、河辺なりにナツメを守ろうとしているんだと言っているように、和大には感じられた。

　――けど俺は。河辺とは違うやり方で。

　いつかナツメの全てを護れるような男に。ナツメが一番必要とするような人間に、なりたいと思った。

　河辺が沈黙した。潜めた二人の呼吸で、部屋の空気が張り詰めているのを感じる。

「――俺はこれで」

　さよなら、と挨拶を残して和大は再び河辺に背を向けた。静かに部屋を出て行く和大を、再び呼び止める河辺の言葉はなかった。






　木曜日は週に一度のクラブ活動の日となっている。普段の部活動とは異なり、六時間目の一コマがそのために設けられており、全生徒が必ずクラブ活動に参加しなくてはならない。

　ナツメはコーラス部の顧問を引き受けている。ナツメは学校で唯一の音楽教師だが、幸いな事にブラスバンド部は経験のある熱血社会科教師が顧問を受け持ち、嬉々として指導をしてくれている。ブラスバンド部は場所も音楽室より広い視聴覚室を普段から利用し、放課後の音楽室はいつも閑散としていた。

　実質帰宅部のための部となっているコーラス部も、木曜のこの日だけは唯一の活動日として形ばかりだが発声練習をして歌を歌う。今日も通り一遍のことをこなすと、ナツメは早々に部員たちを解散させた。

　職員室は苦手だ。というより人と関わるのが苦手だ。距離感が掴めずに、いつも戸惑う。たとえ無理矢理でも、ナツメの領域に入ってこられると、ナツメはその相手に抗えなくなってしまう。

　そしてそれを、見抜かれるのが怖い。

　だから普段はなるべく同僚との接触を避け、なるべく音楽室と音楽準備室で時を過ごし、事務的な事でさえ出来る限りそこで済ませるようにしていた。
　





←12へ　/　→14へ
←１から読む



にほんブログ村

↑ランキング参加中す。よければポチっと押してクダサイ
書く意欲に繋がってます。





マターリし杉すいません引き続きお付き合いいただければウレシスです(*´∀｀)