「――俺ね」
じりじりと焦らされるような沈黙のあと、野田がようやく話し始めた。
「十一上の兄貴がいるんだけど」
「え? うん」
ようやく話し始めたと思ったら、いきなりの家族の話。確かに野田に兄がいるというのは初耳だったが、野田の恋愛話を聞くものだと思っていた野本は、不意打ちを食らって戸惑いながら相槌を打った。
じりじりと焦らされるような沈黙のあと、野田がようやく話し始めた。
「十一上の兄貴がいるんだけど」
「え? うん」
ようやく話し始めたと思ったら、いきなりの家族の話。確かに野田に兄がいるというのは初耳だったが、野田の恋愛話を聞くものだと思っていた野本は、不意打ちを食らって戸惑いながら相槌を打った。
「ずっと、好きだったんだ、兄貴のこと」
「それって……兄弟愛って意味じゃなく……?」
――恋愛感情?
全てを声に乗せるのは少し憚られ、含ませるように問いかけた。野田はうん、と頷いてほんの少し、笑った。けれどもその笑みは、野本の目にはとても切ないもののように映る。
実の兄に抱いていた感情。
その恋の辛さはきっと、野本が想像する以上のものだったろう。
何も、言えなくなる。
聞き続けていいのだろうかとさえ思う程に、胸が締め付けられる。
「――兄貴はいつも、優しくて……俺のことを一番に考えてくれてた。年の所為もあるけど、ケンカもしたことねぇし、成績も良くて、俺の憧れでもあったよ。今、T建設で土木の設計やってる。俺がこの学部を選んだのも、兄貴の影響だし」
ぽつり。またぽつりと。
野田が噛み締めるように言葉を紡ぐ。それは野田そのもののようだった。坦々と。まっすぐに。迷いなく。ゆっくりだけれど、澱みない。
野本はただ黙って、野田の言葉を聞いていた。
「でも兄貴の優しさは、俺にとっては……辛かった、かな」
兄の優しさは、おそらく兄弟愛。野田の気持ちを知らずに掛ける優しさは、野田にとっては残酷以外のなにものでもなかっただろう。
「兄貴がね、結婚、したんだ。俺が高一ん時」
「……、……」
「せっかくの結婚式だったけど、その日は雨が降ってて……でも俺は『もう死んでもいいや』くらいの気持ちで、結婚式が終わったあと、ホテルの前の花壇に座ってたんだ」
「雨の中?」
「うん」
「傘差さねぇで?」
「……うん」
見たことのない光景が、なぜかありありと目に浮かんだ。きっとその時の野田も、無表情だったのだろう。
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←1から読む
野田歩について:歩×慎治
野本が歩に告った話 → 『瞳を閉じればあなたが、まぶたのうらにいることで』
歩が雨の中帰ってった話 → 『雨の日には抱きしめて、その腕で確かめて。』
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「それって……兄弟愛って意味じゃなく……?」
――恋愛感情?
全てを声に乗せるのは少し憚られ、含ませるように問いかけた。野田はうん、と頷いてほんの少し、笑った。けれどもその笑みは、野本の目にはとても切ないもののように映る。
実の兄に抱いていた感情。
その恋の辛さはきっと、野本が想像する以上のものだったろう。
何も、言えなくなる。
聞き続けていいのだろうかとさえ思う程に、胸が締め付けられる。
「――兄貴はいつも、優しくて……俺のことを一番に考えてくれてた。年の所為もあるけど、ケンカもしたことねぇし、成績も良くて、俺の憧れでもあったよ。今、T建設で土木の設計やってる。俺がこの学部を選んだのも、兄貴の影響だし」
ぽつり。またぽつりと。
野田が噛み締めるように言葉を紡ぐ。それは野田そのもののようだった。坦々と。まっすぐに。迷いなく。ゆっくりだけれど、澱みない。
野本はただ黙って、野田の言葉を聞いていた。
「でも兄貴の優しさは、俺にとっては……辛かった、かな」
兄の優しさは、おそらく兄弟愛。野田の気持ちを知らずに掛ける優しさは、野田にとっては残酷以外のなにものでもなかっただろう。
「兄貴がね、結婚、したんだ。俺が高一ん時」
「……、……」
「せっかくの結婚式だったけど、その日は雨が降ってて……でも俺は『もう死んでもいいや』くらいの気持ちで、結婚式が終わったあと、ホテルの前の花壇に座ってたんだ」
「雨の中?」
「うん」
「傘差さねぇで?」
「……うん」
見たことのない光景が、なぜかありありと目に浮かんだ。きっとその時の野田も、無表情だったのだろう。
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