コイゴコロヒトツ+ヒトツ（21）

「――なに？」
「ちょっと。来てもらっていいすか」

　石田が視線でオフィスの出口を示し、部屋を出るよう誘う。立ち上がった陣内は石田の少しあとを歩き、二人で部屋を出た。

　部屋を出る直前、陣内は不意に不安になって隣の島の坂崎の席に視線を馳せた。パソコンに向かい二人の背を見送っていたらしい坂崎とほんの一瞬目が合う。けれども坂崎は戸惑ったように視線を泳がせて視線をディスプレイに戻し、陣内の視線に応える事はなかった。

　石田に連れ出され入った部屋は資料室だった。

　大量のファイルがずらりと並んだだけのその部屋は、かつては人の出入りもあったが全てがデータベース化された今は５年眠らせたあとの破棄を待つ書類を保管しておくためだけの場所になっている。もちろん今、特にこの時間帯には人の出入りはまずない。

　こんな所に連れ出して、まさか資料の見方が知りたいわけでもないだろう。何か、話が。

　――坂崎との事が、バレたのか。それとも――

「陣内さん」

　石田の大きな背中が振り返った。その体躯の大きさに圧倒されて陣内は思わず身構え、黙って石田を見上げる。陣内のその様子に石田が困ったように笑った。

「そんなに身構えなくても。何もするつもりは……なかったんすけどね。そう意識されると……訊きたくなってしまうじゃないですか」
「な、にを……？」
「キスしていいですか、って」

　石田の手が伸ばされる。陣内は資料棚を背に逃げることができないまま、頬に宛てがわれた石田の手の温もりを感じた。

「何バカな事言って……」

　石田の手を外そうとするその手首を石田が掴んだ。そのまま背後の棚に手首が押しつけられる。

「あの時、陣内さんだって気付いたでしょう？　俺が陣内さんにキスしようとしてた事」

　身長差は十センチと少し。石田が陣内の表情を伺うように首を傾げて覗き込む。



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