マスターに優しく追い返されて、結局ビールを少し飲んだだけで帰路に就いた。昼から何も固形物は口にしていないが、食欲はない。
歩はどうしているだろう。兄に知られている事を、歩は知らずに済んだだろうか。全ては歩が大切にしているものを守るため。ひいては歩を守るため。あとの事は歩の兄に任せておけば良いんだろう。もし歩が傷ついたとしても、どうかなるべくその傷が浅く済むように。祈りながら一歩一歩を踏み締めた。
歩はどうしているだろう。兄に知られている事を、歩は知らずに済んだだろうか。全ては歩が大切にしているものを守るため。ひいては歩を守るため。あとの事は歩の兄に任せておけば良いんだろう。もし歩が傷ついたとしても、どうかなるべくその傷が浅く済むように。祈りながら一歩一歩を踏み締めた。
気疲れからか、どこか思考が鈍る。自宅までの道のり、刺すような風に頬を打たれる、その痛さが慎治を飲み込んでしまいそうな靄から現世に引き戻してくれるようで、少しありがたかった。
エレベーターを下りると、部屋の前に人影が見えた。目を凝らし、それが歩だと判って愕然とする。あの時刻からまさか来るとは思ってもみなかった。しまった、と思わず左腕の時計を見る。針は十時半過ぎを指している。歩の家からここまで、電車を使って四〇分弱。あの電話のあとすぐ歩が家を出ていたなら一時間近く歩を待たせていた事になる。店に寄らず帰っておくべきだったか、あるいは店で粘って歩を諦めさせた方が良かったか。
寒い廊下で待っていたんだろう、少し赤くなった鼻先。慎治の胸を切なく抉って泣きたくなる。
「どこ行ってたんだよ」
「飯だよ。お前こそなんでココにいんだよ。もう来るなっつっただろ」
慎治一人中に入ろうと玄関ドアを薄く開け、身体を滑り込ませようとした所に歩の足が差し込まれ、一緒に中へ入られてしまった。どうしようか迷ったが、歩の存在を無視するかのように靴を脱ぎ、コートを脱ぎながら部屋の奥へと進む。歩も靴を脱いで慎治のあとを追ってきた。
「あんな言い方されて、分かったなんて言えるワケねぇだろ」
「説明はしただろ? お前は俺といるよりやるべき事がたくさんある」
「だからってもう会わないとか、そこまで言わなくてもイイだろ慎治さん……っ」
コートをハンガーに掛け、背広を脱いだ所で歩の腕が伸びてきた。腕を掴まれ、歩と向き合う。
←7へ / 9へ→
1から読む
この時の歩視点→8_歩
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「あんな言い方されて、分かったなんて言えるワケねぇだろ」
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