主よ、人の望みの喜びよ（13）（R18）

　息を荒げた歩の呼吸が肌に落とされる。無言で、強く抱き締められた。歩の腕の中に確かにいるのに、虚しさだけが慎治の胸に広がってゆく。随分長い時間歩の中の空虚に包まれていたような気がする。ようやく歩の腕が緩められると、同時に慎治の中からずるり、と歩が身を引いた。

「……っ、……」

　痛め付けられ、かつ快感を与えられて、鬱血し、熟れた背後がその緩い刺激にも過敏に反応して慎治の身体を震えさせる。慎治は力なくベッドに身体を落とした。纏められていた手首に絡まったシャツを、歩がそっと取り去った。

　勝手知った様子で脱衣所へ向かった歩が、濡らしたタオルを携えて戻ってきた。少し正気を取り戻したらしく、歩が心配そうに、そして遠慮がちに慎治を覗き込む。タオルを黙って渡そうとした歩の手を、慎治は緩く振った手で拒んだ。

「歩」
「……なに」
「もう、ここには来るな」
「……なんでだよ……」
「たったこの一言でこんなになっちまう位、お前はコドモなんだよ」
「……っ」

　横目で歩を見遣る。視界の端で歩が唇を噛み、手にしていたタオルを床に投げ付けたのが見えた。鈍い音が部屋に響く。歩は袖で荒く目元を一度拭い、そして慎治に背を向けた。そのまま慎治を振り返ることもなく、歩は黙って部屋を出て行った。

　鉛のように重い身体は指先一本動かすのも億劫で、慎治はゆっくりと目を閉じた。

　自分がゲイだと認め、受け入れた時からこう言う事もあるだろうと、ぼんやりとだが覚悟のようなものはできていた。想像通りの典型的な展開に、自嘲にも似た笑いさえ重み上げる。

　――泣かせちまったか。

　今何時だろう。歩は無事帰れるだろうか。

　歩の姿が網膜に浮かぶ。歩を手放すことは、手足をもがれるような痛みにも近い。それでもこんな自分が、そう思える程の相手に出会えた事を幸せだと思った。

　重い身体をなんとか起こしベッドに凭れて座ると、背後からゆっくりと、歩の放ったものが滲み出てくる。手で拭い、掌についた慎治の血と歩の白濁の混じった二人の体液を、何の感情も持たない目でじっと眺めた。

　ただ今は五年も前に止めた煙草が、酷く恋しかった。




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