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じゃじゃ馬ならし(リーマン年上攻)

BL好きが書いた自作小説を短編・シリーズでぼちぼちアップしています。年下攻率高し。 18禁。
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『またいつでも来いよ』

 山中の部屋を出る直前、彼からかけられた言葉。

 ――あーあ。思い出しちまった……。

 この状況だ。思い出さないわけがない。どういう訳か吉森と付き合っていたことも、フラれたことも知られていたのだから、最早山中に隠し立てしなければならないことは何もない。

「せっかくの休みに家でゴロゴロしかできないのかね、この子は」

「うるっせぇなぁ」

「年がら年中サッカーやってた子が……ちょっと走るなり何なりしてきたらどうなの。どうせ平日にも体動かしたりしてないんでしょ? 今はいいけどこんな生活してたらすぐ太るわよ」

「あーもー……」

 やっと訪れた休日。疲れ果てていた大敬は、土曜のほとんどを寝て過ごした。

 日曜はさすがに早くに目も覚めたので、ちょっと走り込みにでも行くかなと漠然と考えていた時の母のこの台詞である。やる気もなくなるというものだ。自分に部下ができたときにはこんな物言いは絶対しないでおこう、などと思いながら、嫌味たらしく大敬の側に掃除機をかけながら近づく母から逃げるように、大敬はコーヒーカップを持ったままリビングのソファからダイニングテーブルへと移動した。
「まぁそれでも何か気がすまねぇとか、俺に礼がしたいとか、思うなら」

 にやり、音が聞こえそうなほどの山中の笑み、再び。女子社員からはニヒルだとかオトナの色気だとか賞賛されているが、大敬にはエロオヤジ風情にしか映らない。

 はずなのに。

 心臓が、ばくんと大きな音を立てる。

 眼前に広がる、テイルランプの川。山中のスムーズな運転の所為か、二人が乗る社用車はその川を静かに下る小舟のように感じる。

 カーラジオさえも流していない車内の沈黙に負けた訳ではないが、静かな空間は、大敬の素直な気持ちをそっと導き出そうとしているかのようだった。

「――俺こんなんじゃ、これからも仕事うまく行かないすね。改めないと」

 小さな吐息とともに、ぽつりと独語した。

 山中の耳にまで届いただろか。

 山中からなんらかの言葉が欲しい訳では決してない。黙ってくれていてもいい、ただ、正直な気持ちを聞いて欲しかった。

 公私混同して判断を誤り、仕事でミスした。

 今後はそんなことのないように。自分に言い聞かせた。

 また沈黙が訪れる。

 山中の返事を待っていたつもりはないが、静けさがいたたまれなくて、後頭部を掻いた。

 夜の都会の車道を、山中の運転で東京駅へと向かう。

 助手席からちらりとスピードメーターを見やると結構な速度が出ているのにもかかわらず、同乗している大敬にそれを感じさせない。社用車は一般的なバンで、高級車ではない。ということは山中の運転が巧いのだろう。

 こういうのを安心できる運転、というのだろうか、などと思いながら、大敬はゆったりとシートに身を預けた。

「これで予備含めて二千と百、だな」

「はい」

 倉庫で最終チェックを終え、大敬は山中と二人、ほっと安堵の息を吐いた。

 社名が刻まれた社用車で無茶な運転はできないと、法定速度を守った運転を心がけ、オフィスに戻ったのは午後八時過ぎだった。

 山中は宣言した通り、社で大敬を待っていた。彼は労いの言葉も早々に、数を確認しようと大敬を引っ張るように連れだって、大敬が今しがた車から商品を下ろしたばかりの倉庫に向かった。
 そのあとも、山中の的確な支店選びのおかげで、西へ西へと遠回りすることなく支店を巡ることができた。また同時に、山中がなんと話を通しておいてくれているのか、大敬は行く先々の担当者に歓待された。

 勢いよく並べられた言葉に少し気圧されてぽかんとしていたら、不意に山中の手が伸びてきて、その手が大敬の上唇をぎゅっと摘んだ。

「なっ、っ」
「分かったら突っ立ってねぇですぐ出発しろ」
「……、はい」

「メールは誰宛に送ってるんだ?」
「各支社の営業部宛、です」

「それじゃ見てるのは事務だよな」
「と思います」

「電話は? 誰か指名したか?」
「いえ。同じく営業部の回線に電話して、一番に出た人に事情を説明して……」

「じゃ受けたのは事務ってことだよな」
「そう、です」

 山中の視線がディスプレイから大敬に戻る。ほんの数秒、大敬に答えを促すようにじっと見詰められた。

 きちんと手入れされた靴。自分で磨いているのか、それともやっぱり誰かが定期的に手入れをしているのだろうか。あの写真の――女性(ひと)か。

 あの夜のことはなんだったのだろう。

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