手の甲から七月の手を包み込む、七斗の手のひらの熱。冷たかった七斗の手のひらが、七月に触れて少しずつ温かさを取り戻してゆくのが分かる。
今リアルに、七斗と熱を分け合っていると実感する。身体の芯から蕩けてしまいそうな程に、恍惚とする。
今リアルに、七斗と熱を分け合っていると実感する。身体の芯から蕩けてしまいそうな程に、恍惚とする。
一度に触れてしまうと押し寄せる波に飲み込まれてしまいそうで、徐々に、少しずつ、七斗に触れてゆく。七月を満たすその熱を大切に、確かめるように。
そうしてようやく、手のひら全てが七斗に触れた。
七斗の頬骨を親指でそっと辿ると、七斗はゆっくり瞬きし、コクリと喉を鳴らした。流れ込む熱の波が、七月の身体の中で大きなうねりとなって全身に染み渡ってゆく。
そうしてようやく、手のひら全てが七斗に触れた。
七斗の頬骨を親指でそっと辿ると、七斗はゆっくり瞬きし、コクリと喉を鳴らした。流れ込む熱の波が、七月の身体の中で大きなうねりとなって全身に染み渡ってゆく。
それが叶わなくとも、七斗がつけた傷ならば。
「――言ったろ、俺なら大丈夫って」
「痛くても俺、謝んねぇよ」
「いいよ、謝らなくても」
謝らなくていい。
謝らなくてもいいから。
――どうか。
『願い』を叶えて。
「――言ったろ、俺なら大丈夫って」
「痛くても俺、謝んねぇよ」
「いいよ、謝らなくても」
謝らなくていい。
謝らなくてもいいから。
――どうか。
『願い』を叶えて。
「二匹よく似て見えたから、ね。もしかしてって、思ったんだけど……」
しまった、と思った時にはもう遅かった。七斗は罠に掛かった七月に満足するように、にやりと口端を上げた。
「あれはつがいだよ。メスの方が2枚目の羽に黒い模様が少し入ってんの」
しまった、と思った時にはもう遅かった。七斗は罠に掛かった七月に満足するように、にやりと口端を上げた。
「あれはつがいだよ。メスの方が2枚目の羽に黒い模様が少し入ってんの」
奥へ進もうとすると、夕べと同じように、うなじ辺りに鼻先を寄せてきた七斗に、再びそこをくん、と嗅がれた。
「今日は余所で風呂入ってきてねんだ?」
「こんな時間から……ないよ」
騒ぎそうになる皮膚の下、それを自ら宥めるようにそっと息を吐きながら、ごく穏やかに笑ってみせた。
「今日は余所で風呂入ってきてねんだ?」
「こんな時間から……ないよ」
騒ぎそうになる皮膚の下、それを自ら宥めるようにそっと息を吐きながら、ごく穏やかに笑ってみせた。
帰り道、二人は終始無言だった。揺れる電車の中、七月はドア横の手すりを握って立ち、七斗は七月から僅かに距離を取って、つり革にぶら下がるように両手を掛けていた。
まるで他人のような距離。
まるで他人のような距離。
「――えっと俺、帰るね。七斗が今ここにいるってことは部屋、鍵空いてるんだろ?」
「……、七月」
「お前もほら、事務所、戻んないと」
七月を追い詰めるような沈黙に耐えきれず、七月はその場から逃げるように視線を出口へと向けた。
逃げるのか、とさらに七月を問いただすような七斗の声には気付かない振りをして、ああそうだ、とポケットを探った。
「……、七月」
「お前もほら、事務所、戻んないと」
七月を追い詰めるような沈黙に耐えきれず、七月はその場から逃げるように視線を出口へと向けた。
逃げるのか、とさらに七月を問いただすような七斗の声には気付かない振りをして、ああそうだ、とポケットを探った。
着ているシャツの柄が異なる以外、昨日とほとんど変わるところのない軽装に身を包んだ七斗は、ここまで走って来たのだろうか、息を切らせて肩で呼吸をしている。ただ、目は大きく開かれ、七月をじっと見据えていた。
「七斗……どうしてここに」
わななく唇。七月も立ち竦み、動揺で荒くなる呼吸に肩が大きく上下する。
「七斗……どうしてここに」
わななく唇。七月も立ち竦み、動揺で荒くなる呼吸に肩が大きく上下する。
写真とタイトルをただ食い入るように見詰め、七月は動けなくなった。
尾を付け合う行為が何を意味するのかは、昆虫の生態に詳しくない七月にも大体は想像がつく。
ただそこに卑猥な雰囲気は全くない。むしろ神々しささえ感じさせるその二頭は、燦々と降り注ぐ太陽の下、愛を確かめ合う。
瓜二つとも言える二頭はつがいなのだろうか、けれども雄雌は素人目には判別つかない。あるいは、――。
尾を付け合う行為が何を意味するのかは、昆虫の生態に詳しくない七月にも大体は想像がつく。
ただそこに卑猥な雰囲気は全くない。むしろ神々しささえ感じさせるその二頭は、燦々と降り注ぐ太陽の下、愛を確かめ合う。
瓜二つとも言える二頭はつがいなのだろうか、けれども雄雌は素人目には判別つかない。あるいは、――。
やはり昆虫写真と言うより芸術写真を主軸に据えて、七斗はカメラを構えているようだ。
被写体の蝶は自然の中だけでなく、街の一角にいるものを写し撮っているものも多く、それらのタイトルにはその刹那を切り取ったような、儚さを含んだどこか切なく、なのに僅かに甘美さを感じさせるようなものばかりだった。
被写体の蝶は自然の中だけでなく、街の一角にいるものを写し撮っているものも多く、それらのタイトルにはその刹那を切り取ったような、儚さを含んだどこか切なく、なのに僅かに甘美さを感じさせるようなものばかりだった。