2ntブログ

Sometime Butterfly(完結)

BL好きが書いた自作小説を短編・シリーズでぼちぼちアップしています。年下攻率高し。 18禁。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 ギャラリーは大通りを一筋中に入った、とある画材屋の二階にあった。細い階段を上ると、目の前に開けた白い空間が広がる。

 そこに七斗の姿はなかった。

 時間的なものなのか、そもそもいつもそうなのか、見に来ている客は七月の他にあと二人だけで、新聞記事を見て知ったのか、写真とは縁遠い雰囲気の、仕事帰りのOLらしき女性が、写真を眺めては二人小声で何かを言い合っている。

 入ってすぐのテーブルに一人、受付の女性が座っていた。

「ああ、やっぱ兄弟だったんだ。この歳で個展開いてるっつたらかなり将来有望じゃねぇかよ」
「ん……なのかな」

 そんな有望株なら出版社からも引っ張りだこかも知れない。

 けれども七斗の写真を、自分がデザインして形にしてみたくなった。

 七斗が良いと、言ってくれるなら。

 七月はパソコンの電源を落とし、立ち上がった。

 そこへ見計らったようなタイミングで、望木が欠伸をしながら仮眠室から出てきた。

「あー七月お疲れ。入稿済んだ?」
「ん、今終わった。いつもお前に代わって俺が謝ってんだよ。この貸し、結構たまってるからね」

 冗談を匂わせながらも、緩く睨み付けた。

「んー悪ぃ悪ぃ」

 望木は睨まれた視線にも笑い、いつもと変わらぬ調子で頭を掻いてみせた。

 ――七斗、覚えてたのか……。

 二人の時がまだ一緒に流れていた頃の、無垢な思い出。七斗がそれからずっと、蝶を見ていたなんて、……。

 ――知らなかった。

 新聞を持つ手が、小刻みに震えている。七月はその小さな記事を、何度も読み返した。

 七斗はその蝶たちに何を見ているのだろう。

 もし、七月と同じなら。

 ――『街の中にも蝶は結構いるんですよね』

 そう語るのはギャラリーに展示される、これら全ての蝶の写真を撮った小池七斗氏。――

 ――七斗だ。

「ああそだ七月」

 何か言い残したことがあるのか、望木が立ち止まり振り返った。

「お前兄弟いる?」

「え? ……ん、いる」

 望木の唐突な問いに戸惑いながらも七月は頷いた。

 夜が明けた。

 立ち上がり窓辺に立つ。白みゆく空を見上げ、七月の姿を探す。

 七月は戻ってこなかった。

 傷ついた羽を、どこで休ませているのだろう。

 傷付け羽をもいだのはこの自分なのに。七月の不在が何よりも、……

 ――苦しい。

 その生を授かった時から一緒だったのに、何故一緒に生きては行けないのか。

 そして今日もその答えを求めるように、蝶の姿を求める。

 朝焼けの光が七斗を照らす前。

 七斗は鞄を手に、七月の部屋をあとにした。





 もうずっと以前から、蝶に囚われ続けている。

 無邪気な美しい思い出から始まったそれは、時に妖しく、時に苦しくなる程に蠱惑的に、七斗の心を奪い、惑わせてきた。

 ――七月。

 その背に羽が見えたのはいつ頃からだっただろう。

 その羽は、年数を経るごとに美しさを増していった。それに比例して、七月に対するえもいわれぬ欲望のようなこの感情が、大きくなってゆくのを感じていた。いや、この感情が大きくなってゆくにつれ、その羽の美しさが増していったのかも知れない。

 けれども心の奥底では分かっている。

 本当はそう簡単には割り切れない。

 諦め切れないからこそ七斗と一緒にいるのが苦しい。

 諦め切れないからこそ誰も愛することができない。

 諦め切れないからこそ。

 ――七斗。

「一番理解って欲しい相手なのに……」

 こんな自分を理解してくれたら、と夢想する。

 ゆっくりと煙を吸い込んだ。

 普段煙草を吸わない身体には、たったそれだけでくらくらと、七月から血の気を奪ってゆく。それでもどこかほっと、落ち着いた気分になれた。

 僅かに乱れた髪を手櫛で梳いて、吸い込んだ時と同じようにゆっくりと煙を吐いた。

Before  | Copyright © がっつりBL的。 All rights reserved. |  Next

 / Template by 無料ブログ テンプレート カスタマイズ