毎週火曜と木曜は予備校の日。
この日はいつも授業が終わっても帰宅せず、似たような境遇のクラスメイトたちがそうするように、慎治も辺りが薄暗くなるまで教室で翌日の授業の準備をする。
教室内にはクラスメイトが数人いるにはいるが、一緒に予備校まで行く程に親しい友人のない木曜、この日も慎治は一人机に向かい、そうやって時を過ごした。
この日はいつも授業が終わっても帰宅せず、似たような境遇のクラスメイトたちがそうするように、慎治も辺りが薄暗くなるまで教室で翌日の授業の準備をする。
教室内にはクラスメイトが数人いるにはいるが、一緒に予備校まで行く程に親しい友人のない木曜、この日も慎治は一人机に向かい、そうやって時を過ごした。
震えるようにゆっくりと手を上げ、弧を描くその唇を指先でなぞる。すると、貴史の笑みが深まった。その表情を確かめるようにそっと、貴史の頬に手のひらを添わせた。
少しの間、見つめ合い、そしてどちらからともなく唇を寄せ合った。
少しの間、見つめ合い、そしてどちらからともなく唇を寄せ合った。
「――ごめん、正直言うと生が俺と同じだってだって分かったら、途端に下心が顔出したってのもホント。しかも生、恋愛もうまく行ってねぇみたいだったし」
黙っていれば分からないことなのに、正直に打ち明ける貴史が愛しい。生は緩く首を横に振った。
黙っていれば分からないことなのに、正直に打ち明ける貴史が愛しい。生は緩く首を横に振った。
「けど次生と話した時も、生はやっぱ初めて話した時と同じように俺に接したから、あー俺って印象ねぇかな、とか、魅力ねぇのかな、とか、だんだん自分に自信、つか、そんなの元々そうあったわけじゃねんだけど、そういうのがなくなってきた、つか。要するにイジけちまってたんだよ」
苦く笑う貴史の表情が、けれども今となってはそれを懐かしんでいるかのようにも見えた。
苦く笑う貴史の表情が、けれども今となってはそれを懐かしんでいるかのようにも見えた。
「――毎日十一時頃、だったろ」
「え、……?」
「生がラクトに来てたの」
「あ……、ぅん」
フロントに負担をかけないようにと、訪問客が一番少ないとフロントスタッフから聞いた時間帯。いつも、なるべくその時刻を狙ってジムを訪れていた。
貴史がそんなことまで知っていたなんて、と小さな感動に胸が震える。
「え、……?」
「生がラクトに来てたの」
「あ……、ぅん」
フロントに負担をかけないようにと、訪問客が一番少ないとフロントスタッフから聞いた時間帯。いつも、なるべくその時刻を狙ってジムを訪れていた。
貴史がそんなことまで知っていたなんて、と小さな感動に胸が震える。
「あの日、俺がイジけてねぇで生にちゃんと言っておけば、こんなに長くかかんなかったかも知んねぇのに」
「……、え……?」
貴史が言わんとすることがまだ飲み込めなくて、僅かに首を傾げた。
生のその仕草を、愛しいものを見るかのような目で貴史に見つめられ、思わず頬が熱くなるのを感じる。それを誤魔化すように瞬きしながら僅かに視線を逸らせ、貴史の唇辺りに視線の先を置いた。その唇がゆっくりと、言葉を発するために薄く開いた。
「……、え……?」
貴史が言わんとすることがまだ飲み込めなくて、僅かに首を傾げた。
生のその仕草を、愛しいものを見るかのような目で貴史に見つめられ、思わず頬が熱くなるのを感じる。それを誤魔化すように瞬きしながら僅かに視線を逸らせ、貴史の唇辺りに視線の先を置いた。その唇がゆっくりと、言葉を発するために薄く開いた。
「嘘、だろ……?」
にわかに信じがたい様子の貴史の答えに、唇を噛む。
「――でも貴史には」
優しい貴史だから。
言ったら困らせてしまうだろうか。
落ち込んでいる貴史を少しでも助けることができればと思って来たはずなのに、何を口走っているのだろう、と我ながら思いはしたが、もう止められなかった。
にわかに信じがたい様子の貴史の答えに、唇を噛む。
「――でも貴史には」
優しい貴史だから。
言ったら困らせてしまうだろうか。
落ち込んでいる貴史を少しでも助けることができればと思って来たはずなのに、何を口走っているのだろう、と我ながら思いはしたが、もう止められなかった。
「生、……」
貴史の右手が、生に触れようとするかのように上げられ、けれども何かを躊躇ったのか、その手は生に行き着く前に再び下ろされた。
縮んだ二人の距離。
貴史が生の心にまで近付いてきた気がして、胸が詰まる。
生の答えを待つようにそれきり動きを止めた貴史を見詰めながら、生はゆっくりと唇を開いた。
貴史の右手が、生に触れようとするかのように上げられ、けれども何かを躊躇ったのか、その手は生に行き着く前に再び下ろされた。
縮んだ二人の距離。
貴史が生の心にまで近付いてきた気がして、胸が詰まる。
生の答えを待つようにそれきり動きを止めた貴史を見詰めながら、生はゆっくりと唇を開いた。
「……え? 貴史、が引っ越しするんじゃないの」
うまく行かない恋愛を吹っ切るために、両親から譲り受けたと貴史が言っていた、あのマンションを出ると、七月から確かにそう聞いた。
けれども貴史は一層驚いた様子で首を横に振った。
うまく行かない恋愛を吹っ切るために、両親から譲り受けたと貴史が言っていた、あのマンションを出ると、七月から確かにそう聞いた。
けれども貴史は一層驚いた様子で首を横に振った。
あの日と同じ、川沿いの道を一人歩く。貴史の部屋へと続く道の脇に、ぽっかりと空いた穴のような暗闇。睡蓮池の公園の前まで来て、生は足を止めた。
あの日、何かに導かれるように足を踏み入れたここで、貴史と出逢った。
恋、と呼ぶのは少し怖い気もするけれど。
新しい恋が始まった池のほとりにもう一度立ち、少し心を落ち着かせてから貴史に会いに行こうと思った。
あの日、何かに導かれるように足を踏み入れたここで、貴史と出逢った。
恋、と呼ぶのは少し怖い気もするけれど。
新しい恋が始まった池のほとりにもう一度立ち、少し心を落ち着かせてから貴史に会いに行こうと思った。